第四章

'Nû saget mir wer diu sî'

Aus "Iwein" Hartmann von Aue

「その女性(ひと)が誰なのか、私に教えてください」

ハルトマン・フォン・アウエ『イーヴァイン』より

ゼンガーはいつも通り目覚めた。

ひんやりとした、アースクレイドル内部の部屋だ。いつものように簡易ベッドに横になっており、上に毛布をかけている。

突然、場面が変わったかのような意識の断絶があった。

ならば、やはり、自分は幻覚を見ていたのだ。いや、幻覚というよりは夢か。しかし、どこからが夢だったのだろう。

ゼンガーは寝返りをうって、窓の方を向いていた体を部屋の内側に向け、そこで動きを止めた。

そこは、いつもの部屋ではなかったのだ。コンソールのある指令室。

そして、女がいた。

女は毛布にくるまって、床に座り込み、上体を壁に寄り掛からせて目をつむっている。表情に疲れの色が見えた。

と、視線を感じたからか、女のまぶたが動いた。

――起きる……

(じっ)と見ていると、視線が合った。

「起きていたのですか、ゼンガー」

女は毛布から抜け出ると、ゼンガーの(そば)に寄り、病人にでもするように、ゼンガーの額に手を当てた。ほんの少し湿り気を帯びた暖かな感触が伝わった。

「熱はないようですけれど……」

ゼンガーはしばしなされるがままになって、美しい青紫の瞳を見つめた。

「気分はどうですか、ゼンガー」

――死人に体調の心配をされて、奇妙な気分です。

「問題ありません」

「本当に?」

答える代わりに、ゼンガーは起き上がった。

別に目が(くら)むでもなく、吐き気がするでもなく、どこが痛むわけでもない。

「はい」

「あなたは、急に倒れたのです」

「そうですか」

夢の中で倒れ、夢からはまだ覚めない。そういうことらしい。

「どれだけ眠っていましたか」

「ひと晩」

ゼンガーは窓を見た。ここ最近の霧と曇天で相変わらず視界は利かなかったが、弱々しい光の射す方角から、朝であることは分かった。

「……申し訳ありません」

「いいえ」

ソフィアは心配そうにしてはいたが、とりあえず、と立ち上がった。

「食事にしましょう。確か、言うでしょう、空腹では……」

「腹が減っては戦はできぬ、ですか」

わずかな笑みがソフィアの(おもて)を閃いて消えた。それから、女はゼンガーが持ち込んだコンテナをまさぐって、自分の分とゼンガーの分の保存食を取り出した。

ゼンガーは食料を受け取った。食べはじめて、ふと視線を感じた。見ると、ソフィアは自分の分には手をつけず、じっとゼンガーが咀嚼するのを見つめている。

「博士?」

「ゼンガー、ひとつ訊きたいのですけれど」

ソフィアは緊張した面持ちで切り出した。

ゼンガーはソフィアを見つめ、内心身構えた。いよいよ重要事項について探りを入れるつもりかもしれないと思ったのだ。だが、ソフィアの質問はゼンガーの想定の範囲外だった。

「体重は何キロですか?」

「……は?」

「体重です。つまり、一Gの下で何キログラム重かということです」

「それは分かります」

目の前のソフィアはどう見ても真剣だ。

「答えてください」

自分の体重がそんなにも重要な問題だとはゼンガーにはとても思えなかった。

「九十数キロではないかと……このごろは量っていませんでしたから正確には分かりませんが」

「……」

ソフィアは不審げに黙り込み、窺うようにゼンガーを見ていたが、やがて、諦めたように首を振ると、保存食のパッケージを開けた。食べながらも、じっとゼンガーを見ている。

ゼンガーは女の視線を無視して、食べ終わると立ち上がった。

「どこへ?」

「様子を見てきます。博士はここから出ないでください」

ゼンガーは、鉄棒の束から一本選び出した。それから、少し考えて拳銃を一丁持った。

「ゼンガー」

呼ばれて振り返ると、ソフィアは言った。

「無理はなりませんよ」

「心得ました」

ゼンガーは指令室を出た。

廊下を歩き、下層へと向かう。

あの爬虫人類型の機械人形が入ってきた場所を調べようと思ったのだ。

いろいろと気にかかることはある。

――本当に恐竜帝国の襲撃なのか?

ゼンガー自身がアースクレイドルの兵力を率いて地下勢力を相手取ったのはそれこそ何百年、あるいは何千年と昔である。その戦いの中で恐竜帝国はAI搭載の機体を使うことはあっても、ロボット兵士を使ってきたことはなかった。

また、つい一年前のイレギュラーによる最終決戦の際も、兵士がロボットだったとは聞いたことがない。

途中、電波欺瞞物(チャフ)を撒き散らした場所でゼンガーは足を止めた。そこに死体――機体か?――は一つもなかった。

――持って行った?

それができるなら、なぜ夜のうちに襲ってこなかった。

道すがら考えつつ、ゼンガーは昨日襲撃を受けた倉庫までやってきた。今までのところ、動く者はない。扉に耳をつけて探るが、何ら気配はしない。ゼンガーは肩の力を抜き、扉をそっと開けた。

散らばる荷物。

だが。

次々に爬虫人類が現れた場所は、なんら変哲のない壁だった。

ゼンガーは唖然として壁の前に立ち、異変を見つけようと視線を巡らせた。手でも触って確かめてみた。

何もない。

凹みも傷も穴も何も。

俺は、やはり。

――夢を見ているのか。

ゼンガーはギリと奥歯を噛んだ。

ゆっくりと引き返す。

電波欺瞞物(チャフ)を撒き散らし、乱闘を起こした場所の床に手をついてみる。だが、そうだ。チャフが積もった床には確かに乱闘の跡はあったが、ゼンガーが破壊した機械人形を持って行ったような跡はない。

ゼンガーは引き返し、司令室の扉が見えてきた辺りで一度息をついた。

それから、今気づいたように右手に持った銃をしげしげと眺めた。おもむろにそれを持ち上げる。銃口を左手に押しつけ、やおら引き金を引いた。

ターン、ターン、ターン……

西暦期の銃が出す音は、思ったよりも軽かった。

「……!!」

焼け付く痛みを歯を食いしばって耐え、周りを見回した。

視界に変化などなかった。

かわりに、司令室の扉が開き、パタパタと軽い足音が近づいてきた。

「どうしたのですか?!」

なぜ、夢から覚めないのだ!

歯を食いしばりつつ近寄る女を見つめる。

女はゼンガーを見留めると、息を飲んで駆け寄ってきた。

「ゼンガー、何を……!」

答えず、ゼンガーは声を絞り出した。

「お前は……誰だ……」

女は呆然としてゼンガーを見つめたが、すぐにゼンガーの手を取った。

「私が分からないのですか、ゼンガー」

血で汚れるのもかまわず、女はゼンガーの手を自分の頬に当てさせた。

「私は私です。ソフィア・ネートです」

――分かります。

――分かりません。

女の頬は暖かく、その瞳の中にはどんなに覗き込んでも気遣いしか見つけられなかった。

ゼンガーは静かに自分の手を抜き取った。

「汚れます、ネート博士」

自分の血でソフィアが――とにかく、ソフィアの姿はしているのだ――汚れることが堪らなかった。

抜き取った手のひらを血が濡らすのを、ゼンガーは苦い物を飲み干す思いで見据えた。

どんな答えを得れば納得し、満足したというのだ、俺は。敵ならば、否定するに決まっている。幻ならば、最初から女自身が回答を知らない。

ゼンガーは大きく息を吸ってから、

「申し訳ありません」

と機械的に言った。

女は心配そうにゼンガーを見詰めている。ゼンガーは一度目を閉じ、それを開くと、女を見詰め返した。

俺はお前を守るだろう。見極めがつくまでは。

だが、見極めがついたならば、躊躇(ためら)うことはない。

たとえ、ソフィアを(かたど)っていようとも。

いや、ソフィアを(かたど)っているからこそ。

「ごめんなさい、こういったことは慣れていなくて」

ゼンガーは包帯を巻かれた左手を見た。

「……」

包帯は緩みぎみだった。もっときつく巻いていいとゼンガーは何度か言ったのだが、傷を気遣って、ソフィアはなかなか力をいれようとしなかった。

もっとも、自分でつけた傷だ。文句の言えた立場ではない。

何度か手を握ったり開いたりしてから、

「ありがとうございます」

と言って立ち上がると、ソフィアは気遣わしげにゼンガーを見上げた。

「私は医者ではありません。あなたの状態も分かりません。ここを脱したら、必ず医者に診てもらうと約束してください」

「約束?」

「いくらでも無理をするでしょう、あなたは」

「必要がなければ無理など――」

「――するでしょう?」

「……」

不意にゼンガーは顔を上げ、窓の外を見た。

「どうかしたのですか?」

「……来たか」

ゼンガーの横に立って外を見て、ソフィアは息を飲んだ。

「メカザウルス……」

「はい」

ゼンガーは考え込んだ。

「ゼンガー」

わずかの間に自制したと見える。ソフィアは存外冷静に話しかけた。

「出撃しようと考えていますね?」

「はい」

「しかし、ここを離れている間にまた爬虫人類からの襲撃があったらと懸念していますね?」

「……」

「大丈夫です、ゼンガー。この部屋の外殻(フレーム)は他よりも強固です。それに、いざという時の脱出路も確かありましたね?」

「……ネート博士……」

「行ってください、ゼンガー。戦うあなたの邪魔はしたくはありません」

「博士、くれぐれも――」

「お気をつけなさい、ゼンガー」

奪われた台詞を言った女が記憶と重なった。凛然としたアースクレイドルの総責任者。

かつて、彼はその敬愛すべき女性と別れ、出撃し、戻った時には、彼女は彼女としてはもはや存在していなかった。

「……」

大丈夫だ、ソフィアはもういない。

大丈夫だ、メイガスはもういない。

大丈夫だ、イーグレットも、ウルズもスリサズもアンサズも、ついてきた部下たちも、共に在った仲間も、全て過去の者だ。

ゼンガーはそれでも女に黙礼――それは、彼をして判断つけかねるほどソフィアに似通っていた事への嗟嘆である――をし、指令室の外へと出て行った。

梯子を上り、ドーム外周に出る。

こんなにも、というほど敵はアースクレイドルに近かった。近いというよりも、アースクレイドルから抜け出てきたのではないかと思うほどである。警報の類いが機能していないにしても、迂闊に過ぎる。

スレードゲルミルに駆け寄り、上から滑り降りるようにコクピットに乗り込んだ。

起動。

Initiating....

低い唸りと共に、システムチェックが始まった。

Warning: Low Energy Level

Warning: Joint (Left Knee)

Warning: Joint (Right Elbow)

Need Checking: The Strength of Frame

Error: Monitoring System

Error: Communication System

Error: Drill Boost Knuckle

Error: Zankan-Toh

……

……

……

次々に現れたエラー表示をゼンガーはことごとく無視した。

起動時の初期化が終わると、最後にモニターが点いた。全方位のはずのモニターは後ろと上下視野が真っ黒のままだった。

構わず、ゼンガーは二歩だけ歩いてアースクレイドル外壁から距離を置き、そこで勢いよくレバーを引いた。

最初に唸るような異音が交じったものの、スラスターが火を吹いた。

推力五〇。辛うじて飛べる。

改めてモニターを確認する。メカザウルスだけでなく、機械獣や戦闘獣も混じっている。他にももっと小型の機体が蠢いている。

そう、蠢くというのが相応しい緩慢な動きだった。

スレードゲルミルの半分ほどの大きさのロボットがゾワリゾワリと緩慢に動く様をざっと見渡すなり、

「ゼンガー・ゾンボルト、参る!」

名乗り上げて真っすぐに突進した。武器などない。徒手空手のまま見定めた敵に突き進む。

ゴ。

繰り出した拳でひしゃげ吹き飛びかけた機体に容赦なく追いすがり、蹴り上げると同時に相手の持っていた長斧を奪い取り、離脱する。その爆風が上がった時には、スレードゲルミルはすでに奪った斧を手に別の敵へと突進している。

もともと長斧として作られた得物はスレードゲルミルにあってはちょうどいい手斧代わりになった。遮二無二ゼンガーは殴りかかった。

散漫な反撃のバルカンやミサイルを避け、さらに踏み込む。小型のロボットを踏み潰し、口から(ほむら)を上げるメカザウルスに頭上から襲いかかり、手斧を振り下ろす。

一方的だった。

ひたすらに斧を振り続けて気が付けば戦場に立っているのは己一人。

散らばる残骸を見ながら,どうにも違和感がぬぐえない。

手応えが無さすぎるのだ。動きはあまりに緩慢で、機体の装甲もろくな物ではない。しかも、統制がとれていない。機体の統一もない。

恐竜帝国にしてもミケーネ帝国にしても、決して侮れる相手ではない。物量だけではなく策を用いてくる者たちだ。

視野の狭いモニターを操作して、地面に散らばる機体を拡大視する。

以前に見た彼らの機体とは微妙にフォルムが違う気がする。

本当に滅したはずの恐竜帝国だのミケーネ帝国だのが復活したのか?

そして、〈ソフィア〉はどう絡む?

戦艦である。

戦艦の艦橋(ブリッジ)である。

外を流れゆく景色から、この(ふね)がかなりの速度で飛んでいるのは間違いない。

艦橋(ブリッジ)の中央、一段高い席に制服の男が座っている。年の頃、三〇代半ば。緩いウェーブのかかった髪は黒く、目は細い。この男が艦長であろう。

男は前方上部の通信用スクリーンを見ながら、懸念の表情を浮かべた。

「連絡は取れなくなっているのですね、サイデンステッカー博士」

「そうです、大佐」

サイデンステッカーと呼ばれた通信相手は制服ではない。

「それで……『ゼンガー・ゾンボルト』と名乗る人物と一緒にいると言っていたのですね」

「そのとおりです。こんなことになるとは……」

〈大佐〉は考え込んでいる。サイデンステッカーは訴えかけた。

「頼みます、大佐」

「分かっています。我々は今現場に向かっているところです。また、我々に先行して出撃した機体もあります」

〈大佐〉の横に立っていた栗色の髪の男が口を開いた。

「連絡が取れなくなってからどれほど経つのですか?」

「一〇日です」

「装備も食料も無く?」

「食料については心配ないと言っていました」

「水は?」

「水も。なんでも、生成装置が動いているとか」

「動いている?あの施設は生きているのですか」

「正確に言うと、直したのだそうです。『ゼンガー』と名乗った人物の部下で『コトセット』という名前の者が」

それを聞いて、〈大佐〉は眉を寄せた。

「もう一度言ってもらえませんか?」

「ですから、生成装置は直してあると」

「いえ、修理した人物の名前です」

「?……コトセット、です。確か」

「その名前、どこかで……」

突如、横に立っていた男が目を見開いた。

「コトセットだ、ブライト!アイアン・ギアーの!」

「!そうか!」

アムロの言葉を聞くなりブライトは思いだし、間髪入れず言った。

「トーレス、先行している連中に連絡は取れないか?」

「やってみます!」

「知っているのですか、ブライト大佐?」

モニタに映ったサイデンステッカーが不安げに話しかけてくる。

「誰なのですか?凶悪犯?テロリスト?」

「違います。信頼の置ける人物です」

「だが、ゼンガー少佐の偽者の部下だと……」

「その人物はおそらくゼンガー少佐の偽者ではありません」

「しかし……私は本物のゼンガー少佐とさっきしゃべったのですよ?!今、ダイゼンガーに乗ってアースクレイドルに向かったゼンガー少佐は誰だと言うんですか?!」

ブライトはなだめるように落ち着き払って、大きく頷いてみせた。

「状況は分かりました、サイデンステッカーさん。とにかく、我々にお任せください。では」

強引に通信を切るなり、ブライトは言った。

「トーレス、ゼンガー少佐に連絡は!」

「だめです!もう通信不能領域に入ってしまっていて」

「まずいな。このままでは無用の戦闘が始まりかねない。他に誰か……」

「ゲッターチームと連絡が取れました。『とにかく、急ぐ』とのことです」

「そうか……」

ブライトの横に立っていたアムロは深刻な表情で腕を組んでいる。

「彼はネート博士をどう認識しているだろう」

「どういうことだ?」

「もし、アースクレイドルにいるのが推測通り未来で出会ったゼンガー少佐ならば、彼のソフィア・ネート博士は死んでいるんだ。そこへ同じ姿をした女性が現れたら……」

「一刀両断、ですかね」

横から口を出したトーレスは、自分の口にしたことに自分で身震いした。

「それだけはさせてはならん」

ブライトは強い口調で言った。

彼を襲った運命は、既にあまりに酷だ。その上に運命は彼に今度は何をさせようというのか。

「トーレス、基地に通信を入れろ。目標にいるのはゼンガー・ゾンボルト少佐なのだと。攻撃も増援も不要だ。少なくとも我々がたどりつき、彼の意志を確認するまでは」

「ナラカイ長官にですか?」

「そうだ。ナラカイ長官ならば、あの未来の報告を受けているはずだ。極端な対応をする人でもない。話は早いはずだ」

「了解」

ラー・カイラムがすでに全速なのは分かっていたが、ブライトはその速度を呪ってジリジリとしていた。

一方、通信が切れた後に釈然としない物と不安とを感じたままでいる者がいる。

エドワード・グイド・サイデンステッカー、仕事仲間には仕事仲間にはイージー――それは、頭文字のEGであって、決してEasyではない――と呼ばれている。

イージーは、ソフィア・ネートと共に今回のアースクレイドル調査の任についていた。

ソフィアがアースクレイドルに取り残されてから、イージーは彼女に代わって調査班の指揮を執っている。

ソフィアを助けるべくアースクレイドル周辺の不可解な現象を――そもそも、壊滅したはずのアースクレイドルが突如出現したこと自体が不可解なのだが――解明しようと躍起になっていた彼が一人家に取り残されているはずの少女がいると思い出したのは、ついさきほどのことである。にわかに調査班の指揮と仕事仲間の救助という重責を負ってしまった彼が、少女のことになかなか気づかなかったのを責めるのは酷というものだ。

自分の迂闊さに舌打ちしながら、通信を入れると、少女が通信に出た。

「ソフィアさん、お仕事忙しいんですか?」

何も知らなげにそう訊いてきた金髪の少女に、イージーは本当のことを言うことができなかった。

「あー……すまない、ちょっと今手が離せないんだ」

どうにも我ながら無様な言い種だと思いつつ、幼い少女の様子に、落ち着いたものだ、と感心もした。

「イルイ……ちゃん、だったか……。一人で大丈夫かね?」

「ゼンガーがいるから……」

そのときの衝撃というものは、何ともいいがたい。

「ゼンガー少佐?!そ、そこにゼンガー少佐がいるのか?!」

突然大声を出したイージーに驚きながらこっくり頷いた少女に、咳き込むように言っていた。

「替わってくれないか?」

モニターの前にゼンガーが立つのを呆然と見た後で、イージーは叫んでいた。

「ゼンガー少佐!なぜ、あなたがそこにいるのですか?」

黙って眉根を寄せたゼンガーがもどかしかった。

「ネート博士はあなたが一緒にいると言っていた。だから、多少のことなら大丈夫だ、と!」

「何?」

「今、ネート博士の側にいるのは誰なんですか?いや、何なんですか?!」

「待て。ソフィアは今、どこにいる」

「アースクレイドルの中に」

イージーははたと気がついた。後から合流することになっていたこの人は、この状況を知らなかったのだ。

「何だと?調査班はまだ中に入っていないのでは無かったのか?」

「それが……」

事情を説明しながら沸々と後悔ばかりが沸いてくる。すぐにも連絡をすればよかったのだ。そうしたら、こんな齟齬は起きず、既に博士は救助されていたかもしれないのに。

「……分かった。すぐに出る。軍にも連絡してくれ」

「分かりました」

そこで、正規のルートでないのは承知の上で、イージーはラー・カイラムに直接連絡を取ったのである。

その時には、博士を救助することばかり考えていたのだが。

何か大きな謎が横たわっている。

それが分からぬほどE・G・サイデンステッカーは鈍くはなかった。

ゼンガーはスレードゲルミルのモニタを敵機の残骸から周囲の状況へと巡らせた。

ちょうどそのとき、急に視界が明るくなった。天より光り射し、霧が晴れ――

「……?!」

我知らず彼は絶句していた。

そこには木が……いや、森があったのだ。

アースクレイドルの周りだけが切り取られたように赤い土を曝け出している。だが、その赤土の区域の周りは木が取り囲んでいたのだ。

驚愕のままにぐるりを見回して、上空に目を転じたところで、空を黒い点が飛んでくるのが目に入った。

――あれは。

人型機動兵器。

そんな物を操るのは人間であろう。恐竜帝国でもミケーネ帝国でもなく。

機影はただ一機。それがぐんぐん近づいてくる。

偵察機などではない。間違いなく、近接戦専用の機体である。なんとなれば、その機体は実体剣、もっと言えばいわゆる日本刀状の武器を携えているのだから。

自分と同じく剣の使い手。

ビッと警告音がして、モニターにエラーが表示された。

Can't use Zankan-Toh.

そこで初めて、自分が無意識のうちに斬艦刀を求めたことに気がついた。

敵機が一機であるが故に、否、機体を通してすら分かるほどの気迫故に、だ。

ゼンガーは構えの位置に遣ったスレードゲルミルの右手を引き戻し、敵から奪った斧を逆手に構えた。

踏み込める、という距離の寸前で敵機は止まり、そこで空中静止(ホバリング)した。鎧武者のような形状(フォルム)。スレードゲルミルより多少高い位置を保って油断無くこちらを窺っている。刀はまだ片手に引っ提げているだけで構えこそとっていなかったが、いずれかなりの使い手と見た。

モニター越しに見上げながら、ゼンガーは己の気を高めた。機能不全のスレードゲルミルで渡り合うのは厳しい。それは刃を合わさずとも分かる。さりとて、退くわけにはいかない。退く気もない。

「……と……え!」

ガリガリ、と通信機が音を立てた。

何か呼びかけてはいるようだ。だが、これでは何も分からない。答えようにも答えようがない。

相手の剣が水平に引かれた。

……来る……!

竜馬は計器を確かめた。

「この辺りだ、前に調査機が動作不良を起こしたというのは」

「何も起きねえみたいだな」

「そのようだ。どうしても近づけなかったと聞いていたがな」

「二人とも、計器には気をつけてくれ。敵機にも」

「出現場所はまだ分からないんだったっけ?」

「ああ。できるだけ低空を飛ぶ」

竜馬はドラゴンの高度を下げた。

「そろそろ見えてくる頃だ」

「あ!本当に……本当にアースクレイドルだ!」

弁慶が声を上げた。ほとんど同時に隼人が言った。

「おい、リョウ!」

言われるまでもない。対峙するはダイゼンガーとスレードゲルミル。

「ゼンガー少佐!剣を引いてください!その人は敵ではないんです!ゼンガー少佐!」

竜馬は通信機に呼びかけた。が、通じている様子はない。

「まずいぜ、やっぱり通信障害の方はまだ……!」

「くそ……!」

「リョウ、多少は通るって言ってたじゃねえか!もっと近づけば!」

「でも、このままではその前に!」

「スピード上がらないのか?!」

「これが精一杯だ」

前方を見据えていた隼人が弁慶と竜馬の会話に割り込んだ。

「リョウ、代われ」

「そうか!」

「分かった!……オープンゲット!」

竜馬は瞬時に機体を分離させた。確かに攻撃という点ではドラゴンが一番だが、速さという点では――

「チェンジ、ライガー、スイッチオン!」

細身のフォルムが完成するや否や、隼人は、前方で今や戦闘を始めようという二機の特機を見定め、迷わずレバーを引いた。

「マッハスペシャル!!」

颯。

大気を切り裂いて刃と刃の間を青い物が矢のようにすり抜けた。

「?!」

青い細みの機体。

おもわずゼンガーは手斧をひき、一歩後退した。

「剣……引……!」

雑音交じりの通信が入る。こちらを攻撃してくる様子はない。

戦闘の中止を呼びかけているらしい。

ゼンガー自身もそうだったが、対峙していた機体も構えこそ怠ってはいないものの、とりあえず仕掛けてこない。

両者の気合をすくいとるような、見事な呼吸をみせて、その機体は間を割って入ったのだ。生半(なまなか)の腕ではない。

〈……知って……のか〉

〈……も……知って……はず……〉

通信は通常回線だ。

どうやら、現れた青い機体は今まで対峙していた者とは旧知のようだ。

ゼンガーは戦いの気力を保ち、いつでも踏み込めるように用意しながら、展開を待った。

〈……ア!〉

通信機から漏れ聞こえた声に、ゼンガーは、はっとなって振り返った。

アースクレイドルの外、浮上部天蓋の中間に位置する狭い通路に、長い髪をなびかせた女がいた。女は、黒いロングスカートと緑の髪をどうにか押さえようとしながら、大声で何かを呼びかけた。声は聞こえない。呼びかけの相手は自分ではない。敵機だ。

敵機?

自ら疑問を抱く。

駆動音のせいで女が何を言っているかは分からない。

呼びかけに応じて敵機が近づいてくるのを見て、ゼンガーは反射的にスレードゲルミルを割り込ませた。だが、正直なところは、それが正しい行動かどうかは分からなかった。

敵機は持っていた刀をを下げ、構えを解いた。

――仕掛けるつもりはないということか。

青い機体の方は三機の戦闘機に分離し、もう一度合体し直した時には形状(フォルム)の違う赤い機体になった。

――あの機体は……

ゼンガーは目を眇めた。

何かが引っ掛かったのだ。記憶の中の何かに。

「リョ……、……佐、どう……の?」

新たな通信が入った。現れたのは白い戦闘機。漏れる声は女の物だ。ゼンガーは迷った。

「……ルさん、待っ……!通信……ないんだ!」

ゼンガーが迷っているのと同様、相手方の動きも窺うような節がある。

いずれも仕掛けてくる様子はない。

各々が微妙な緊張を保ったまま動いている間にまだ近づく物があった。

戦艦である。

はっきりと分かった。

ゼンガーはそれを見たことがあった。

こちらに急行するその戦艦を、ゼンガーは見たことがあった。

「俺は……どこに……居る……?」

半ば呆然となって呟いた。

〈こちら……ム艦長……ア。こちらに……意志はない。話……い。着艦を……〉

相変わらず、通信は途切れ途切れだった。だが、戦艦は撃ってくる様子もなく、誘うように着艦口を開けている。

「ならば……あのソフィアは……」

誘蛾灯に誘われる虫のごとく、ゼンガーはフラフラと戦艦へと向かった。引き寄せられるように。

と。

一門の艦砲から光が一条、スレードゲルミルを刺し貫いた。

一拍も置かずに衝撃が襲った。コクピットの中を破片が飛ぶ。

「ぐ……」

腹部に突き刺さった破片。

――撃たれた……のか……、俺は……

外で見守るように待機していた機体が慌ただしく動いた。

さっきまで対峙していた機体がやにわにこちらへと飛来して、墜落を始めたスレードゲルミルを掴んだ。

頭の芯が痺れ、痛みも感覚もすべて麻痺している。

さらに、小さく破裂音。

続いて、落下の衝撃。

モニターは消え、コクピットは真っ暗になった。

脱出装置は作動しない。

――ソフィア……

開口部を開けようと腕を伸ばそうとしたが、身体はピクリとも動かない。ぬらぬらと手をぬらすのが血であろうことは見なくとも分かった。

――俺は……

と、コクピットが外から開かれた。

半ば予想していた顔があった。ゼンガーを見て驚愕を露わにしている。

――汝、蒼ざめた男よ……

有名な詩の一節が過ぎった。

だが。

異物は俺の方ではないか。ならば、蒼ざめた男は俺の方なのではないか?

第五章>>