天国と地獄

黒澤映画特集 in Stanford Theatre, Palo Alto, California, USA第6作目『天国と地獄』です.

英語の題は『High and Low』です.なるほどなあ.変にHeavenだのHellだと言い出すとおかしな意味合いになるんだろうなあ.

この映画は現代劇と分かっていたけれど,『醜聞スキャンダル』を観て考えを変えなくても観ようと思っていた一本.

というのは,あれですよ,『踊る大捜査線』の映画で「『天国と地獄』だ」って台詞があるじゃないですか,あれがずっと気になっていたからです.

友人に「あの『天国と地獄』という台詞が分からない」と言ったところ,「知らない?黒澤明の.誘拐の話」

そのときに,「あー,黒澤明ってそんな映画も作ってるんだー.観てみたいなあ」(←ミステリ好き)と思ってずっと来たわけですな.

劇場で渡された紹介チラシにAdapted from Ed McBain's 87th Precinct novel "King's Ransom"と書いてあって,えー?!これ87分署シリーズだったのー?!とびっくりする.87分署は読んだことはないんだけど,いつか手を出してみたいのだ.

英語版字幕観てるとスタッフの誰を重要視しているか分かる.いままでの黒澤映画の字幕を観ていると,撮影の宮川さんとか音楽の早坂さん,もちろん監督の黒澤さんと三船さん・志村さんは外さない.ところがですね,この映画,ほとんどスタッフの英訳が出ないんですよ.「原作 エド・マクベイン」なんてアメリカなんだから訳せばいいのにって思うんだけどなあ.

この映画,なんか最初 舞台劇っぽい.靴屋の重役が集まって,誘拐があって,犯人とのやりとりまで権堂家の居間なもんだから.

権堂さんはまあ野心家で,金出すか出さないか迷ったりもしていて,ただ,悪い人じゃないもんだからものすごい葛藤がある.その中で運転手が出してくれと言えないでじっと黙っていてついに土下座して頼み,家族も頼みするんだけど,結局決め手がより倫理観の薄い部下の態度だったというのが興味深いんだよね.鞄に自ら細工し出す場面が好き.

捜査に当たる刑事役が仲代さんで,チラシにthe cops led by Steve McQueen-cool Tatsuya Nakadaiと書いてあって,そうかなあ?と思ってたんだけど,観てたらSteve McQueen-coolかもしれないとちょっぴり思った.でも,普通にまじめに堅実な刑事さんやってるもんだから印象薄いかな.それよりも汽車の物真似する人の方が印象あるかも.(笑:メリケン人にもウケてたよ)

捜査会議の場面で次々に報告が集まるところが,本当のところはどうなのか知らないけど,すごく説得力あって好きだなあ.

そんでね,犯人ね.この犯人の麻薬手に入れてその後さまよい歩いて,薬中ばっかりいる場面がものすごく猥雑でどうしようもなくて暴れてるヤツいないんだけど精気のないヤツばかりですごかったな.

そういえば,合図に「胸に赤いバラ」ってのがあったんだけど,このネタってこの映画が原点なのですか.それともこの前からのお約束なのですか.

件の煙の場面,一生懸命付けたのだろうけどとても薄いピンクで,ちょっと拍子抜けでした.まあ,カラーに見慣れた目じゃね.

世間の同情は集まるけど,投資家は非情でねぇ.一人ぐらい侠気あるヤツいねぇのかと思ったな.

圧巻は最後の場面だと思うのですよ.

ここね,もし権堂が地に落ちていたら,最後まで虚勢を張れたと思うのですよ.でも,そうじゃない.依然として自分が地にいて,権堂は少し低くなったかもしれないけど依然として高いところにいる,それが無性に腹立たしく悔しかったのだろうな.

どうしてもここで可愛そうになってしまうのだけど,『野良犬』の佐藤刑事の言葉を思い出さなくちゃならないのだろうなあ.そういえば,うちの母が永山則夫について言ってたことがある.貧乏が犯罪の理由になるか,あの頃はみんな貧乏だった,って(永山事件の捜査はものすごく大規模で,ちょうど函館事件の頃に青函連絡船に乗ったせいで,当時函館勤務だった父についても勤務先に刑事が聞き込みが来たそうな).なんかそんなことを思い出した.うーん,でも,この犯人,犯罪なんぞ起こさずにちゃんとしていれば世間的には中流以上に行ける立場じゃないか.

この最後の場面観てシムノンの『男の首』を思い出した.

同時上映の『I live in Fear』すなわち『生きものの記録』は,気が乗らなかったのと,これ観てるとあまりに帰りが遅くなるのとで止めました.2人殺した殺人犯が日曜日にスーパーの裏でSATに撃ち殺されてたしな.さすがアメリカ.

天国と地獄 [DVD]

キングの身代金 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-11)

日時: 2010年3月11日 | 感想 > TV/映画 |

コメント (2)

この映画のなかで一番好きな場面は、冒頭、三船が靴について熱く語るところです。「君らはこんな靴を作って恥ずかしくないのかねっ!」ぷんぷんってかんじで。

いかにもたたき上げ職人って感じのところですね.
技術者とか職人気質は尊敬しますわ.

コメントを投稿

(空欄でもかまいません)

(メールアドレスは管理人に通知されますが,Web上には表示されません)

Powered by Movable Type