ボルヘス「伝奇集」 - 『八岐の園』(ホルヘ・ルイス・ボルヘス)

ボルヘス怪奇譚集』がボルヘスの蒐集物であって,自身の著作ではなかったので,せっかくだからと『伝奇集』に手を付けた.最初,集英社の篠田一士氏の訳でさわりだけ読んだのだが,自分には読みにくかったので,福武書店から出ている鼓直氏の訳文を覗いたら,そっちの方が自分には合っていた.

『伝奇集』は,『八岐の園』と『工匠集』という2つの短編集をまとめた物だそうだ.つまり,1冊に2冊入っている感じ.取り敢えず,『八岐の園』だけ読み終わったので感想をば.

トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス

中国って古代から代々の王朝が正史を整備してきた素晴らしい伝統があるけれど,新王朝は前王朝を妥当してできあがるから,往々にして正史は前王朝を貶め現王朝の正統性を主張する場合がある.場合によっては焚書で以前の歴史が消え去る.この短篇を読んで思ったのは,そういう情景だ.このお話では中国の正史成立みたいな分かりやすい目的がないから,愉快犯とも取れるし,神の行為である世界の創造を成し遂げるというもっと壮大な野心かもしれない(おそらくは後者か).

ふと思うのだが,人は伝えるという行為を文字に依ってしか未だ為し得ていない.少なくとも人生より長く残す行為は文字に依ってしか為し得ない.だから,そこにノイズが一定量載ると,後世の者はその真贋を見極めることが非常に困難になる.

アル・ムターシムを求めて

ボルヘスさんって推理小説けっこう好きなんだろうなぁと思う.特にチェスタトンがよく出てくる.これを読んで,というよりこの短編集全体を読んで思うのだが,ボルヘスは本自体が本というシステム自体が好きなんじゃないかと思う.本の本というか,本という物による仕掛けというか,こういった話が小説として成立するのだなと思うととても新鮮だ.もし,これが架空の書物について出なかったら評論と呼ばれたに違いないから.

『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール

最初,ピエール・メナールの試みがよく分からなかった.というか,自分が解釈した通り一字一句同じ物を書く行為でいいのかと小首を捻った.そして,対比した一文がやっぱり一字一句違わず,そこに加えられた解釈のみ違っていたので,その解釈でやっぱりいいんだ,と思った.

作家の行為として書かれているけど,或る作品とその作品を読んだ無数の読者の感想だと思えば不思議ではないと思う.常々思っているのだが,小説なり詩なりおよそ何らかの表現という物は,鑑賞者が鑑賞した時に初めて完結する.鑑賞者の感性・置かれた状況・時代が違えば感想は無数にある.だから,作品が作者の意図を寸分違わず伝わることはない.でも,きっとそれは愉しむべきことで,だから人の感想文という物が面白かったり興味深かったりするのだろう.

円環の廃墟

現実化するための想像を巡らす過程が面白い.こういう話読むとよく思うんだけど,自分が作られた存在だとしたらショックな物なのかなぁ?想像主すら死してなお素晴らしいことだと思うんだけど.

バビロンのくじ

バビロンの人々の要求がくじを変容する.面白いのは,くじの結果には従うらしきことだ.組合が秘匿されてるのでなんだかくじが(現代も含めて)世界の摂理になったかのように感じる.

ハーバート・クエインの作品の検討

小説の設計みたいな感じで,読んでてこんなあ構成の本書けたら面白そうだなぁと思った.シャム双生児の文字見た途端エラリー・クイーンだ!とすぐに分かった自分は推理物好きです(笑).

バベルの図書館

自分がこの話で抱いた感想はなんだか数学的な物だった.正六角形って平面充填できる周が一番短い図形だなとか(この図書館は上下だけに延びてるみたいだけど),図書館は,その正確な中心が任意の六角形であって,その円周は到達不可能な球体であるという文章を見て「『球体』だけが三次元だなぁ」とか,MCVってローマ数字の1105だなあ,とか,そういう特に意味のない瞬間的な想念.

自分も子供の頃,「文章って文字の組み合わせなんだから,その組み合わせの1つが究極の文章になるんじゃないかな」と思ってたのを思い出した.

八岐の園

これは見事なホワイダニットだ!最後の段落冒頭で突然気が付いて,あっ,と思った.その一方で「八岐の園」を解いてくれる人を使わずにいられなかった悔恨を思わずにいられない.

この「八岐の園」談義のために彼の目的が見事に分からなかったけど,この談義にのめり込んだ1つの理由は,この作品より前に並べられた短編の構図がその談義に含まれるように思ったからである.もし,この短編集の配列が意図した物だとすると,他の7篇が全てミスディレクションを構成していることになるので,すごいなぁと思う.

伝奇集 (岩波文庫)

日時: 2012年12月 8日 | 感想 > 本 |

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