大奥イベントSS.というか十幕以外の何物でも無い.完全なネタバレ.
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はたと思い当たり、表情を硬くしたのは一瞬。剣士は何事も無かったように表情を消した。
「老中、松平伊豆守信綱。貴殿は誠の忠臣よ」
胸元を手で押さえながら、信綱は満足げに笑みを見せた。
「否。それでも拙者は逆臣だ。そうでなければならぬ。故に――すべき事をされよ、宗矩殿」
「......では、【斬らねばならぬ】」
口調は漣のように平らかだ。
「【そうだ】」
宗矩の手が柄に掛かる。抜刀。大天狗正家が翻るなり、信綱は朱に染まった。袈裟懸けに斬られ、口元から血を流しながら、信綱は笑った。笑わずにいられようか。異国の神を称する者を、遂に陥れることに成功した。
「柳生さん、どうしていきなり!」
年若い者の声がする。
「これにて信綱殿は、お福殿と同じ魂のみの存在となった故にこそ」
宗矩の声が遠くなる。天海僧正の仕込んだという術が発動したのであろう。一度暗くなった視界が、何やら眩い物に包まれる。
――これはそれ相応の代償の必要な術だが......否やのある御仁では無かったな、ご老中。
勝利の確信と共に、今ひとたび、信綱は壮絶に笑った。
強い光と共に信綱の身体の中から刀が一振り現れる。宗矩は血振りした愛刀を収めると、
現れた刀に手を伸ばした。するり、と刀は吸い付くように手の内に収まった。刀は手の内にあって、わずかに温かい。
「よかろう。松平伊豆守、貴殿の忠義、しかと預かった」
言うなれば、銘・伊豆守信綱。不忠を繰り返して概念を堅めあげた、徳川随一の忠義の士の刀。今ばかりはこの刀でなければならぬ。
「徳川家兵法指南役、柳生但馬守宗矩――唯一度、偽りの徳川を滅ぼすために、偽りの村正を振るおう」
反徳川の概念武装。刀は翻るごとに、纏う光をはらはらと落とした。
「鱗粉の......ようですね......」
傍らにやってきて前方を見詰めながら、語り部の美女が吐息を漏らすように呟いた。
伊豆蝶......
宗矩から聞いたばかりのその単語が脳裏に浮かぶ。途端に、何か込み上げてくる物がある。それを堪えようと奥歯を噛みしめる。
「行こう。今なら、勝てるよ。いや、勝たなくちゃならない」
――迷うな。惜しむ程なら最初からこのような事はしていない。
その言葉と共にもらった物が、今、自分を立ち上がらせ、戦わせている。だから、絶対に勝たなければならない。
「もうすぐ......届く!」
カーマの表情が歪む。
「っ......しつこいですね!ああ、でも、私があれを直に喰らうのだけは......ッ」
〈カーマの性質が変わりました!今です!〉
「宗矩殿の刀と慶喜公の力から逃れるためでしょうが――愚策!」
どことも知れない異様な空間が、正される。板敷きの床、豪奢な襖、整然と整った畳。
瞬間、宗矩は一条の道を視た。
「参る」
異界の神の元へと、するすると間を詰める。
思えば、剣術無双の名は死後に家光様によって賜った物。ならば、「かくの如くあれ」としてある影法師が、徳川に仇為す者を斬るは、必定。
「――剣禅一如」
「老中、松平伊豆守信綱。貴殿は誠の忠臣よ」
胸元を手で押さえながら、信綱は満足げに笑みを見せた。
「否。それでも拙者は逆臣だ。そうでなければならぬ。故に――すべき事をされよ、宗矩殿」
「......では、【斬らねばならぬ】」
口調は漣のように平らかだ。
「【そうだ】」
宗矩の手が柄に掛かる。抜刀。大天狗正家が翻るなり、信綱は朱に染まった。袈裟懸けに斬られ、口元から血を流しながら、信綱は笑った。笑わずにいられようか。異国の神を称する者を、遂に陥れることに成功した。
「柳生さん、どうしていきなり!」
年若い者の声がする。
「これにて信綱殿は、お福殿と同じ魂のみの存在となった故にこそ」
宗矩の声が遠くなる。天海僧正の仕込んだという術が発動したのであろう。一度暗くなった視界が、何やら眩い物に包まれる。
――これはそれ相応の代償の必要な術だが......否やのある御仁では無かったな、ご老中。
勝利の確信と共に、今ひとたび、信綱は壮絶に笑った。
強い光と共に信綱の身体の中から刀が一振り現れる。宗矩は血振りした愛刀を収めると、
現れた刀に手を伸ばした。するり、と刀は吸い付くように手の内に収まった。刀は手の内にあって、わずかに温かい。
「よかろう。松平伊豆守、貴殿の忠義、しかと預かった」
言うなれば、銘・伊豆守信綱。不忠を繰り返して概念を堅めあげた、徳川随一の忠義の士の刀。今ばかりはこの刀でなければならぬ。
「徳川家兵法指南役、柳生但馬守宗矩――唯一度、偽りの徳川を滅ぼすために、偽りの村正を振るおう」
* *
カーマの同位体は無数に飛来する。だが、宗矩の振るう刃の前に、そのどれもが一合と保たなかった。宗矩の移動と共に床は整然と広がった。一〇〇なら一〇〇、一〇〇〇なら一〇〇〇、四〇〇〇いるというなら四〇〇〇を彼は斬り捨てるだろう。反徳川の概念武装。刀は翻るごとに、纏う光をはらはらと落とした。
「鱗粉の......ようですね......」
傍らにやってきて前方を見詰めながら、語り部の美女が吐息を漏らすように呟いた。
伊豆蝶......
宗矩から聞いたばかりのその単語が脳裏に浮かぶ。途端に、何か込み上げてくる物がある。それを堪えようと奥歯を噛みしめる。
「行こう。今なら、勝てるよ。いや、勝たなくちゃならない」
――迷うな。惜しむ程なら最初からこのような事はしていない。
その言葉と共にもらった物が、今、自分を立ち上がらせ、戦わせている。だから、絶対に勝たなければならない。
「もうすぐ......届く!」
カーマの表情が歪む。
「っ......しつこいですね!ああ、でも、私があれを直に喰らうのだけは......ッ」
〈カーマの性質が変わりました!今です!〉
「宗矩殿の刀と慶喜公の力から逃れるためでしょうが――愚策!」
どことも知れない異様な空間が、正される。板敷きの床、豪奢な襖、整然と整った畳。
瞬間、宗矩は一条の道を視た。
「参る」
異界の神の元へと、するすると間を詰める。
思えば、剣術無双の名は死後に家光様によって賜った物。ならば、「かくの如くあれ」としてある影法師が、徳川に仇為す者を斬るは、必定。
「――剣禅一如」
Tweet 日時: 2019年4月 8日 | 二次SS |