朝食を終えると、いつも少しばかり手持ち無沙汰になる。鯉登などは、もっとゆっくり食えと言うのだが、勤務中の行動は迅速であることが第一だろうと月島は思っている。
下士室は月島一人だ。黙っていれば部屋の中は静かで、それゆえ、近くの大部屋の浮き足だった気配を感じることは容易だった。何せ今日は日曜日だ。朝食が終われば夕食までは外出許可が出る。いくら凍てつく冬だとて、週に一度の楽しみを待ち遠しく思わぬ者はない。しかも、今日はどうやら晴れている。部屋の暖気が窓をすっかり曇らせていたが、日の光がゆるゆる兵舎に射し込みつつあった。
立ち上がり、少しばかり窓の外をうかがっていると、扉の方から声がした。
「斉藤、入ります」
「おう」
飯上げ当番の二等卒は机の前にやってくると、食器が空になっているのを確認してから月島に声をかけた。
「班長殿、お下げしてよろしいでしょうか」
「ああ、頼む。皆も食事は終わったか」
「はい。班長殿をお待ちしているところであります」
「分かった。――食管返納したら早く戻ってこい」
そう言うと、斉藤は少しばかり笑みを浮かべて、はい、と返事した。
しばらく経って飯上げ当番が帰ってきたと思しき足音がしたのを見計らい、月島は自分の班の大部屋に歩いて行った。着くなり声を張り上げる。
「注目!」
ざわめきが急に低くなり、班員全員の視線が月島に集まる。
「これから夕食まで外出を許可する。分配喇叭が鳴る前に戻れ。新兵は街を案内する。八時半までに準備しろ。二、三時間歩くと思え。軍帽・外套着用、帯剣し、手帳を所持すること。分かったか!」
はい、の声が揃わないのはまごまごしている新兵のせいだろう。先任の兵卒に睨まれて縮み上がっている。
「声が小さい! 分かったか!」
「はい!」
今度こそ奇麗に声が揃った。
「新兵以外は解散!」
途端に、ざわめきが甦る。準備のいい者から月島に挨拶をして楽しげに出て行くのを、いちいち頷きながら見送る。あらかたの兵が出て行った頃に、月島は自分も準備するために部屋に戻った。新入兵にとっては入隊後初めての外出だ。引率して公共施設その他主要な場所を叩き込むと同時に、外での振る舞いを言い聞かせ、そして、外に出たからこそ出る性格を見極める。命じた刻限に大部屋に行くと、新兵はしっかり準備を整え、従順に月島を待っていた。今年は面倒な班員は居ないようだ。
「順に出発する。隣の班が出るまでそのまま待機しろ」
はい、の声が朝より揃っていたので満足して頷いた時、突然、廊下から怒号が上がった。
「高橋! またお前か! この時期にそんな格好で外に出られるか! 凍え死ぬぞ! もたもたするな!」
開け放したままの戸口から廊下に顔を出して見ると、隣の大部屋の前でそちらの班長が新兵をどやしつけている。
「どうしたんだ、菅原」
「すまん、月島」
菅原は月島と同じく軍曹だ。月島よりも数年年下だが、月島がうるさく言わないと分かってからはすっかり口調が砕け、またそれが癇に障らないぐらいに人懐っこい雰囲気がある。大部屋の並び順から月島の班の前に出ることになっていたのだが、準備がまだとみえる。
「鈍くさいのが居てな。外套は前を締めてないわ、手袋は無いわ、慌てたのか上着は釦を掛け違えとくる」
菅原は廊下を一、二歩月島の方に歩み寄って眉を下げる。そういう表情をすると、もとから垂れ目気味なのもあって、いかにも申し訳なさそうに見えた。
「先が思いやられるな。徴兵で選抜されているはずなのにそれか」
「背丈だけは高いんだ、背丈だけは。身の丈六尺の大男、ではある。だが、何をやらせても一拍遅れるし、何より性格が大人しい。しょうがないから炊事当番に出したら――」
「何? もう当番の連絡が来たのか? いつもはもっと後だろう」
見落としていたとなると一大事だが、人事を握る特務曹長からは何も聞いていない。難しい顔になった月島に向かって、菅原が手を振った。
「たぶん、お前の所にはまだ来てない。ほら、一ヶ月前に腸チフスが流行っただろう。あれで欠員が出たらしくて、一人出してくれと何班か連絡が来たそうだ。で、だ――」
自分の大部屋の方を身振りで示して、菅原は困り果てたように首を振った。
「炊事掛からえらく文句を言われた。風呂も焚けん奴を寄越すな、と」
風呂は炊事場の隣で、炊事掛下士が取り仕切っている。
「なんでも、刻限が近いのにまだ鉈で薪を割ってたそうだ。焚き付け用意するのを忘れてたって言うから、『火の付け方ぐらい分からないのか!』って、こう」
菅原は、拳を握ってぶん殴る真似をしてみせる。実際にやったのは炊事掛の上等兵あたりだろう。
「だが、新兵を充てたなら教えた奴がいるはずだ。何も高橋とやらだけの責任じゃないだろう」
「まあな。だから、俺も叱りはしたが、最後は『言われたとおりやればいいんだ』と言ってやったんだ。いちおう言えばできるらしい。その後で文句は来ていない」
ふと思い当たって、月島が首を振る。
「いや、できてなかった」
「何?」
「そいつ、ひょろっとした顔の長い奴じゃないか?」
「ああ。それで、いつもおどおどしていてなんだか悲しそうな顔してる」
なら、やっぱり、あれがそうだな、と月島は腕を組んだ。
「火曜に風呂に入りに行ったら、まだ火が入ってなくてな。見に行ってみたら、焚き付けをやっぱり用意していなくて、どこかから持ってきた紙屑でどうにかしようとしていた」
「紙でも何でも火が付けばいいだろう」
「それが、湿っているだの量が少ないだの、別の当番兵にどやされていたんだ」
月島が来たのに気づいて、怒鳴っていた者が気をつけをし、まごまごしていたひょろっとした男が、軍曹殿だぞ! と怒られながら姿勢を正していたのを思い出す。
菅原がく、く、くと肩を震わせた。
「なんだ、軍曹連中が焚き付け作ったとかいうのはお前のせいか」
「尾ひれが付いてるぞ。薪を割ったのは俺だけだ」
「お優しいなあ、月島軍曹殿は」
菅原はからかうように言った後、新兵甘やかすなよ、と真顔で嗜めたが、月島の方は眉根をぐっと寄せる。
「あー......」
――甘やかしたというのか、あれは。
黙って鉈を取り上げて勢いよく叩き割ったら、場がしん、と静まりかえったのを思い出す。
「......いつまで経っても沸きそうになかったもんだから」
慌てて月島と一緒に風呂焚きの兵卒も必死になって薪を割り、月島は薪を一本全部細くしたところでそれを押しつけ、後は任せたのだ。
菅原はにやにや笑いながら、
「せっかちなもんだな。そんなに入りたかったのか」
「焚き付け作ってたぐらいだぞ。入れたのはもっとずっと後だ。時間が押して一等卒以下割を食ったんじゃなかったか」
「それを尻目に月島軍曹殿は先に風呂をいただき満喫した、と」
からかうような言いぐさに、月島は仏頂面になった。
「お前だって軍曹なんだ、一番風呂は同じだろう」
「お前には負ける。いつも真っ先に入ってるじゃないか」
「別にいつもじゃない。――それより気をつけた方がいい」
未だ準備の物音がごそごそしている菅原の班の大部屋を、月島は顎でしゃくった。
「ああいうのは狙われやすい」
「私刑の的になるって言うんだろ」
上官に頻繁に怒鳴られると、周りにもそうしてもいいと認識されやすい。
菅原は自分の後頭部を雑に掻いた。
「分かっちゃいるんだが、見てるとどうも苛々してな。いちおう一番面倒見のいい一等卒を組ませてはやったんだ」
その言葉が終わるか終わらないうちに、突然、何かが落ちてばらまかれたような音がし、菅原がぎょっとして大部屋を覗き込んだ。
「高橋! 何をどうやったらそうなるんだ!!」
何かやらかしたのだろうと推測して月島は、あー、と口を開いた。
「菅原、先に行っていいか」
「すまん、行ってくれ」
さんざん待たせた自分の班の新兵十五名に、ついてこいと命じる。横切る時にチラッと見てみると、寝台の上にあるはずの荷物がなぜか床に散乱しているのが見て取れた。戸口で菅原が仁王立ちし、慌てた新兵たちが右往左往しているのを尻目に、班員に遅れるなと号令をかけて出立した。
門を出て練兵場を回り込み、馬車鉄道を横目に歩かせる。できたばかりの招魂社に寄って参拝させてから更に歩き、斜めに折れる大きな道を歩いて行くと、何本もの鉄材が斜交いにかかった橋が見えてくる。一度は渡って入営したはずなのに新兵にはその形がまだ物珍しいと見える。月島のすぐ後ろを歩いていた新兵がおそるおそる話しかけてきた。
「班長殿、あれは何という橋ですか」
「旭橋だ。まだ掛かって十年も経たない」
橋まで来て木板を踏んで渡りながら、腕を伸ばして中州の目立つ川の辺りをずっと指し示す。
「この辺りは川が蛇行していて出水も多い。大雨の時は覚悟しろ。被害が出れば我々も出ることになる。酷ければ練兵場も水浸しだ」
「はい」
そのまま渡りきったところで右手を指し、ここは公園が出来る予定だと教えた後で、向かいに腕を転じ、奥に伸びていく道を指さす。
「あの道を真っ直ぐ行けば遊郭だ」
言ったのはそれだけだったが、言われた途端に新兵たちがそわそわし出したのは気のせいではないだろう。どうせ、時間と金に余裕ができて遊べるようになるのはまだまだ先だ。特に注釈は加えずに放っておく。
そのまま師団通り沿いに街の中に入り、出来たばかりの真新しい町役場や、警察署・裁判所や支廳のある四条通をざっと案内し、三条通からの商店を説明しながら停車場前まで到着したところで月島はくるっと向き直った。何事かと自分を注視する新兵を見る。特に息を切らしている様子も無いし、ここまでの道行きも素直に付いてきた。今年は悪くないな、と思いつつ、月島はぴしりと背を伸ばした。
「案内はここまでとする。解散後は好きに過ごしていいが、軍人として市民の模範にならねばならん。分かったな」
「はい!」
「朝にも言ったが、食事分配の喇叭の前に兵営に戻れ」
「はい!」
「では、解散!」
本当に離れていいのか迷ったようだったが、散れ散れと身振りで示してやると、ようやく新兵たちは歩き出した。とりあえずは固まって行動することにしたようで、お互い話ながら去って行く。これから満期までを一緒に過ごすにあたって、悪くない様子だった。
引率してきた新兵が人混みに紛れたのを見守ってから、月島自身も雪道を歩き出した。だいぶ高くなった日が停車場前の広場の雪を白く輝かせている。師団通りに面した勧工場はもう店が開いていて、人々が思い思いに出入りしている。
買い物と行っても、衣服は軍服で事足りるし、食事も兵営で出るもので十分だ。観劇の趣味はないし、遊郭は食指が向かない。このまま帰るかどうしようか決めかねたまま白い息を吐きつつ馬鉄の線路沿いを歩いていると、ちょうど洋館作りの書店の中から男が一人でてきた。馴染みの店主で、どうやら店の前の雪をどかそうと出てきたらしく、スコップと鶴嘴を雪に突き刺して月島に愛想良く会釈した。
普段は古書か貸本で間に合わせているのだが、ここに本屋が出来た時に物珍しくて一冊買って以来、しばしば売り込みをされている。月島は買ったり買わなかったりだが、商売人に相応しく話し好きな店主はめげずに見かける度に声をかけてくる。
「こんにちは、軍曹さん。久しぶりじゃないですか」
「ああ。新兵の引率帰りだ」
「そういえばそんな時期でしたね。入営の日なんて停車場前のほら、三浦屋と宮越屋がごった返していましたよ」
「この店も書き入れ時だったんじゃないか」
「うちはぼちぼちですよ。村から出てきた連中が本なんて買うかといえば、そんなにはいませんから」
に、と笑うと店主は白い木枠の扉を招くように少し開いた。
「どうです、寄っていきませんか」
「何か面白い本があるのか」
「話題の本ならありますが、軍曹さんに面白いかどうかは分かりませんねえ」
「俺の感性など十人並みだ。人が面白がる本なら、だいたい面白い」
「そうは言うけど、なんでも読むじゃないですか。前は鴎外を読んでいたでしょう」
「軍医部長殿がどんな話を書くのかと思ってな。もう今は軍医総監閣下か」
「かと思えば、『南満洲鉄道案内』」
「......興味があってな」
「出征前は紅葉だったじゃないですか」
「『金色夜叉』か。あれはどうなるのか気になっていたのに、残念だ」
「戦後はしばらくお見かけしませんでしたけど、そうだ、『海潮音』をお買い上げになりましたよね」
「訳したというのに音の調子がよくて、頭がいい人間はいるものだと感心したんだ」
「ほらね。私には未だに軍曹さんの趣味が読めませんよ」
取り立てて何が好きというわけではない。世の中にはいろいろなことを考える人間がいて、それを字やら絵やらで伝えることができるのが興味深いと思っているだけだ。それに、本なら兵営にいても空き時間に読めるし、代金の割にしばらく保つのも娯楽として都合が良い。
「そうそう、今、ちょうど入荷したのがあるんですよ。ちょっと待ってもらえたら荷ほどきするところだったので――」
店主に続いて入ろうとした時、停車場の方から馬車の音が近づいてきたので、何の気なしにそちらを見て、月島はふと動きを止めた。
大きな葛籠を背負った男が停車場に向かっていく。手には何か長いものを布か風呂敷かで巻いたものを持っている。たいそうな荷物である。
――妙だな。
「これこれ、この本なんですがね、札幌から届いたばかりで――どうかなさったんですか?」
月島が停車場の方を凝と見詰めていることに気がついて、店主が不思議そうな顔になった。
「ああ。あの、ずいぶんな荷物の男」
外に出てきて体を左右に揺らすと店主も月島の言う男が分かったらしい。
「あの停車場の前の? あれが?」
「手荷物扱いにしないんだなと思ったんだ」
「そういえばそうですね。手荷物の窓口はあっちなのに。よほど大事な物なんでしょう」
「あれだけ大きければ座席で邪魔にされそうだ」
「違いない。――それでですね、この本が東北の遠野という地方の――」
商売っ気を発揮しだした店主が本を見せながら、温かい店内に月島を招き入れた時だった。
「誰か! 捕まえてくれ!」
叫び声に続けて振り向くと、停車場の方向の人混みが乱れてわらわらと割れ広がっていく。人混みの先には布を巻いた長いものを抱えた男がいて、その男が人々にぶつかりながら無理やり押しのけているのだった。男は凍り固まった雪を物ともせず必死の形相で走ってくる。
「待て! 止まれ!」
叫び声を上げながら警官が男を追ってくる。
さっきの葛籠男だ、と認識するなり、月島は目の前を通り過ぎようとした男の左手を掴んで引き倒した。流れるように、転んだ男の背中を膝で押し潰し、両腕を後ろ手に捻じ上げる。男がどうにか逃げようと身を捩ると、乱れた合わせから何か軸のような物が二本見えた。葛籠は逃げるためにどこかに放り出してきたのだろう、男が抱えていたのは布で巻かれた長い物だけだった。放り出されたそれは、布が乱れて少し中が見えていた。職業柄、小銃を想定していたが。
――刀?
ちらりと見えたのは刀の柄と思しきものだ。
なおも動こうとする男を地面に押さえ込み、月島がぎりぎりと力を入れると、身動ぎすらできなくなって、男の食いしばった歯から苦痛の呻き声が漏れている。
そこにやっと追いついた警官の足が四本側に止まった。二人の警官は荒い息を吐きながら、
「さすがは、北鎮、部隊、ですな」
と切れ切れに言いつつ、月島が捕まえた男を引き起こして捕縄をかけた。その拍子に男の懐からさきほどから見えていた軸がこぼれ落ちる。
――掛け軸?
月島は掛け軸と放り出された刀を拾い、警官に渡しながら訊いた。
「窃盗ですか?」
「ご存じないですか、今、話題の古美術品の――」
「例の新聞を賑わせている?」
声を上げて引き取ったのは、月島の後ろから顔を覗かせた書店の店主だった。聞いたことがないなと眉を寄せた月島に、店主が興奮気味に言う。
「知らないんですか、軍曹さん。一条通の酒造店の主人の家に泥棒が入って、大事にしていた美術品をごっそり全部持っていったとかいう。――ですよね?」
店主に問われて、あー、まあそうだ、と警官が頷く。
会話が続く横で、捕まえられた男はまだどうにか逃げようとばたばたしていたが、警官が何度か背中からこずいたりどやしたりして、やっと大人しくなった。とはいえ、雪の上に唾を吐いて、ぷい、と横を向いている様子を見ると、観念したようにはとても思えない。
しかし、そこから先は警察の仕事で、月島の与り知るところではない。ご協力感謝いたします、の言葉と共に警官が男を引き立てていくと、本屋も商売の方を思い出して月島の袖を引っ張り、それで男のことは月島の頭の中から追いやられてしまった。
月島ァ! の叫びが兵営の廊下に響き渡ったのは、翌る日の夕方だった。
未決の箱を空にして一息ついたところだったが、月島はため息をついて立ち上がると部屋を出た。
「鯉登少尉殿」
「そこにいたか、月島」
鯉登は月島を見留めて、ずんずんと大股でやってくる。その後ろから二等卒が泡を食って走ってくるのが見えた。部下を置いて突っ走ってくる癖はなかなか直らないが、戦場ではないので小言はやめておく。
「御用の向きは」
「うむ、司令部に報告があって行ったら、そこにちょうど警察の者が来てな」
「兵卒が街で何かやらかしましたか」
「軍曹がな」
言いながらなぜか鯉登はしたり顔で月島に視線を寄越した。面倒事の予感を抱えつつ月島は次の言葉を待った。
「昨日の昼近く、師団通りで盗人を捕まえた軍曹を探しているというのだ」
話が見えてきて、月島が口を開く前に、鯉登が鼻高々といった調子で決めつけた。
「ずいぶんと小柄で外套に着られているみたいだったが、大の男一人を眉一つ動かさずに押さえ込んだ、巌みたいな軍曹だと言うんだ。お前のことだろう、月島」
無表情に、はい、とだけ答えると、鯉登は追いついたばかりの二等卒に命じた。
「司令部に戻って、やはり月島軍曹だったと伝えろ。それから、来訪者お二方は第二十七聯隊本部にお連れしろ」
「はい!」
二等卒が足早に司令部の方に去って行ってから、月島は鯉登を見上げた。
「いったい警察が何の用事で来たのですか? 捕まえてくれと叫んでいたから取り押さえただけで、見知った顔だったわけでなし、すぐに引き渡したのですから、それで話は終わりのはずです」
「詳しくは聞いておらんが、面倒ごとを持ち込まれたお前みたいな顔をしておった」
しばしば面倒ごとの持ち込み主になる男がそう言うのを、月島は、すん、とした顔で聞き、いつものように発言は差し控えた。
「さて、連隊長殿に報告して、同席をご希望か訊くか。行くぞ、月島」
「はい」
旭川の冬は日が落ちるのが早い。最近では十六時ともなれば日の入りである。電灯が灯る薄暗い廊下を二人は本部へと向かった。
連隊長の地位にある者が同席するほどのこととは思えなかったが、些細なことでも全て報告することにしている。それは、金塊争奪の件が終わってからの二人の方針で、「自分たちは上官に忠誠を尽くす一介の将兵である」という態度を印象づけるためである。数年は目を付けられていたが、連隊長が何度か替わった後は二人の方針が奏功したのか、徐々に風当たりが緩和されている。中隊長に報告し、大隊長、連隊長、と伝わった話が、逆の経路で戻ってきて、結局、中隊長のみが同席することになった。配下の者の行動管理者という意味では妥当なところだろう。
話し合いの場として設けた一室に行くまでに、中隊長に手早く事情を説明する。
「落ち度はないのだな、月島軍曹」
「はい。心当たりはありません」
「となると、いったい警察が何の用件か......」
鯉登とは対照的に中隊長は渋い顔になった。そういう態度になる方が普通だろう。
三人が部屋に着くと、案内された警察の者二人が既に座っており、戸口に二等卒が立っている。入るなり二人は立ち上がった。
「昨日はどうもありがとうございました」
一人は月島が昨日協力した巡査だったが、もう一人はその上役の警部を名乗った。おそらく、師団に話を聞きに来るにあたって、一介の巡査だけでは取り合ってもらえないと判断したのだろう。
互いの紹介をし全員が座ったところで、月島は自分が進めていいか上官たちに目線で確認してから、口火を切った。
「昨日の件でいらしたと伺いましたが」
「実は、少し伺いたいことがありまして。書店の主人が軍曹さんと呼んでいたので、問い合わせた次第で」
すぐに分かって良かった、と手をすりあわせた後、その手の動きを止めて巡査が言った。
「昨日の男、刀と掛け軸を持っていたのは分かったと思うのですが、他に何か持っていませんでしたか?」
「他に? いえ――」
言いさして、月島は思い出した。
「そういえば、捕まえる前、その男が停車場の辺りに行くのを見かけた時は葛籠を背負っていました」
そういえば、と言われて身を乗り出していた巡査が、それを聞くと席に座り直し軽く首を振った。
「葛籠は既に確保しました。ちょうど汽車の座席に下ろしたところで私たちが見つけて追いかけたので、そちらは諦めて逃げ出したのです」
「となると、思い当たる物はありません」
すると、警察側の二人がやや視線を交わし合い、警部の方が月島に訊いた。
「何か紙のような物は有りませんでしたか」
「紙でできた物と言えば掛け軸ぐらいですが、それはお渡ししました」
「そうではなくて、折り畳んだ紙です。刀と一緒になっていたはずなのですが」
「刀は布にくるまっていましたが、紙、ですか......?」
思い返しても、ついぞ思いたる節が無い。
「刀は地面にばらまかれたわけではなくて、布から柄が少し見えていたぐらいでした。布の中に無かったのなら、私には分かりません」
でしょうな、と呟いたところを見ると、月島に情報を期待していたわけでもなく、疑いをかけているわけでもないらしい。
「念のためで伺うのですが、本の類いはありましたか?」
「いえ、それこそ見ていません」
そこまで遣り取りを見守っていた鯉登が中隊長を見る。頷いたのを確認してから、警官たちに質問した。
「月島軍曹が窃盗犯を捕まえたことは聞きましたが、この尋問はどのような目的あってのことですか」
尋問という単語を使ったのはわざとだろう。巡査が慌てて首を振った。
「疑いをかけているわけではありません。ご協力により捕縛した男、前から目をつけていたごろつきなのです。この男、もう何件も盗みに入っていて、陶磁器や書画、掛け軸などなんでも盗っている。被害者のうち一番話を大きくしたのが刀を盗まれた酒造店の主人です」
警部の方も、大きく頷いて、付け加える。
「名の知れた大きな酒造店で、新聞も見出しにするものだから、巷ではそこだけ盗みに入られたと誤解している者も多いのですが。騒ぎが大きくなって、何が盗まれた、それはこれこれこういう物だったと知れ渡ると、旭川では換金するのが難しくなった」
「それで別の街で売り捌こうとしたわけですか?」
「そうです。札幌あるいは小樽にでも持って行こうとしたのでしょう。が、停車場に行ってみたら、師団の兵隊が何組も何組も時間を違えて来るものだから、最初に思っていた列車に乗れなくなってしまった。制服姿の鍛えた男たちがたくさん居るところに出て行くのは避けたかったのでしょうな」
「新兵引率の日にそんなことをするからだ」
今まで黙っていた中隊長が口を挟む。配下の者が何かをやらかしたわけではないと分かって、態度は会見当初より柔らかい。
「それでその男、最後の組が停車場から居なくなったのを見計らって、列車に乗り込み席に落ち着いた。そこを見つけたのが、ちょうど巡回していたこの男でして」
警部が横の巡査を手で示し、巡査もこくりと頷いた。
「見つけて捕まえて、さきほど月島軍曹も言っておられた葛籠も確保し、男の家に残る物もなく、それで全部だと思っていたのですが、足りない物があると分かったのです」
「それで残りの物を探している、と」
月島が確認すると、警部がうんざりと言った調子で二度三度と頷いた。
「ですが、その窃盗犯のごろつき、強情で全然口を割らない。捨てたのか、仲間に渡したのか――」
そこで言葉を切り、問いかけるように視線を寄越してきたので、月島は首を振った。
「人を突き飛ばして走ってきたのは分かりましたが、何か渡しているような素振りは私には分かりませんでした」
「後ろから追いかけていて、自分もそのような様子は無かったとは思ったのですが、前から見ていたあなたに確認を取りたかったのです。いつから無かったか、はっきりさせるために」
巡査がそう説明すると、それを受けて警部の方も頷いた。
「となれば、停車場に来た時にはもう無かったか、あるいは汽車の中で誰かに渡したのか」
「では、月島軍曹への話はそれだけと思ってよろしいか」
中隊長が確認すると、そうです、と警部が頷いた。
「兵営に起居する方は一日のほとんどをこちらで過ごしておられますし、そもそもどなたか分からなかったので師団司令部を通すしかなかったのです。たいした用件でもないのにお手間を取らせて申し訳ない」
ご協力ありがとうございました、の声と共に二人は立ち上がり、案内の二等卒について聯隊本部を出て行った。
警官たちの人影は聯隊正門から出ると、すぐに右に曲がって見えなくなった。窓からそれをなんとなく見送っていた鯉登が月島に話しかける。
「気になるな、月島」
「私は気になりません」
厳然と言い切ると、鯉登は月島の方に視線を下ろして、
「つまらん男だな、お前」
「つまらなくてけっこう」
隙を見せると碌な事にならない、と月島の直感が警鐘を鳴らしている。
話しているうちに日はとっぷり暮れている。日が暮れた途端に、しん、と空気が一段と冷えてくる。
「さすがに寒いな、この季節は」
鯉登の自宅は営外の官舎である。外套を取りに戻るという鯉登とは将校室の前で別れ、月島は自分の下士室に戻る。ちょうど部屋に入ろうとしたところで、菅原が廊下の反対側に姿をみせ、月島を見つけると大股で近づいてきた。
「鯉登少尉と本部に呼び出されたって? 厄介ごとか?」
菅原が心配そうに訊いたのは、函館から復帰した後しばらく何度も連隊長に呼び出されていたのを知っているからだろう。月島は軽く手を振った。
「いや、違う。昨日、官憲に協力して古美術品泥棒を捕まえたんだが、その件で少し聞きたいことがあるとかで、中隊長殿同席の元で警官と話をしていたんだ」
説明すると、菅原は途端にほっとしたような表情になり、そうなると笑みを含んで言った。
「休暇中にそれか。盗人捕まえたなんて面白そうなこと、何も言ってなかったじゃないか」
「わざわざ人を捕まえて吹聴するような話でもないだろう」
「お前はそういう奴だよ」
呆れたようなにわざとらしく肩をすくめた後、急に菅原は動きを止めた。
「いや、待て。古美術品泥棒? 酒造りの主人の家に入った?」
「たぶん、それだ。新聞が書き立てていたらしい」
答えながら月島は疑問を抱いた。てっきり、興味本位で訊いてきたのかと思いきや、菅原は悩むような迷うような、そんな神妙な面持ちだったからだ。
「どうかしたのか」
「あー......頼みたいことがあるというか、話を聞いてほしいというか、聞いてもらっても仕方がないというか......」
「なんだそれは」
菅原はまったく煮え切らない様子で、しばらく唸っていたが、そろそろと月島の様子を窺いながら話し出した。
「俺の家は近くの村だと知っているだろう?」
「東旭川だったな。屯田兵として入植したとかいう」
「親に連れられて来て、それからずっとだ。――でな、俺の姉の娘というのがいるんだが」
「つまりは姪か」
「そうだ。今年で十五になるんだが、これが酒造店の主人の家に住み込みで奉公に出てる」
月島は眉根をよせた。
「――件のか」
「件のだ」
それで? と促すと、菅原がうん、と一つ頷いて、
「実は、その泥棒、よりによって俺の姪が掃除をしていた部屋の前を通って蔵に行ったらしくて――」
「――それで理不尽に責め立てられたのか!」
急に横から大声をかけられ、菅原はびくっと身体を震わせ、鯉登少尉殿、と反射的に礼をした。
月島の方はといえば顔を上に向けて目を閉じ、帰ったんじゃなかったのかとか、なんでここに居るんだとか、頭の中を言いたいことが駆け巡るのをやり過ごしてから、すん、とした無表情を鯉登に向けた。鯉登は二人に向かってずんずんと近づいて来る。
「責められたお前の姪はどうなったのだ」
「いえ、責められてはいません。むしろ、良いご主人だそうです」
「ふむ、それは良かったな」
あっさりそう言った頃にちょうど二人の下に着き、鯉登は月島の横にぴしりと立った。
「それで、月島に何を頼みたいのだ」
「頼みと言いますか、姪の話を聞いてやってほしいと言いますか」
言われて月島が声を立てる。
「お前の? 姪の?」
何で俺が、の意を込めて月島は言ったのだが、当人を無視して鯉登が頷いた。
「いつだ」
「休暇の日にでもと思っていたのであります」
「では日曜だな。月島、久々に洋食でもどうだ。大坂やで飯を食いながらといこう。――菅原軍曹、姪御を連れて来い。私の奢りだ。遠慮するなと言っておけ」
「あなた、来るんですか?」
「うむ、私も休みだからな」
これは何を言っても無駄だろう、と月島は成り行きに任せることにして口を噤む。首を突っ込んできた鯉登は、目をきらきらと輝かせ、上機嫌で頷いた。
「菅原、奉公先から外出の許しが出るか訊いておけ。姪御の都合に合わせるから、時刻の指定は任せる」
ではな、と鯉登が嵐のように去って行くと、菅原は焦った様子で話しかけてきた。
「お、おい、大坂や? 洋食?」
「どうした」
「いったい何着ていけばいいんだ」
「普通に軍服でいいだろう」
「俺の姪は! 軍人じゃないんだ!」
月島は溜め息を吐いた。
「落ち着け。お前の姪は普段着でいいだろう。飯を食いながら話をするだけだ」
菅原は上を向いて目をつぶり、唸るように声を立てた。
「月島、お前と違って俺は奢られ慣れていないんだ」
対して月島は表情を動かさない。
「振る舞い酒なら遠慮しないだろうに」
「隊の集まりと訳が違う。俺の姪なんていよいよ関係がないじゃないか」
「少尉が勝手に首を突っ込んできたんだ、当然の対価とでも思っておけ」
「当然の対価って......」
ふう、と息をつき、菅原は首を振った。
「昔からお前は気前のいい人ばかりに目を掛けられるよな。鯉登少尉といい、鶴見中尉とい――」
言葉を途切らせた菅原が申し訳なさそうに眉を落とす。
「すまん」
行方の知れなくなった長年の上官の姿をしかと思い出す前に、月島はただ頭を振った。言葉にすると、どうしても苦いものが胸を過るのは分かっていたので、言葉を発するのを避ける。ちょっと息を吐き、いったん無意味に視線を逸らしてから、仕切り直すように菅原の方を向く。
「くれるというものをただ食えばいいだけの話だ」
話を逸らしたのは分かっただろうが、そう言うがなあ、と乗った菅原も人がいい。まだ躊躇っている菅原に確認する。
「それより、いいのか。少尉殿に聞かれたくない話ならば、俺から断りをいれるが」
「ああ、いや......」
菅原がごりごりと後頭部を書く。
「お前に頼むのも無理筋なんだ。藁にも縋るってやつだ。なら、縋る藁はたくさん有る方がいい。鯉登少尉なら恩着せがましいことも言ってこないだろうし」
そこで菅原は思い出したように手を止めて少しばかり眉を寄せた。
「まあ、その、時々、突飛なことをするが」
時々か? とは言わないでおいた。
次の日曜は任務も無く、朝食後は休暇である。二週間ほど前に手に入れた古本を引っ張り出すと、月島は机の上に広げた。紙は擦れているのだが絵が描いてあって字も大きい。早くは読めないので、空き時間にそれをゆっくりゆっくり読んでいる。
昼近く、そろそろ約束の時間かと本を閉じて棚にしまうと、軍服・軍帽を身につけた。外套を着て聯隊本部前の門から西の角に移動して待っていると、白い風景の中を丘の方から人影が近づいてくる。
「鯉登少尉殿」
「うむ、行くか」
官舎からやってきた鯉登は私服姿で毛皮の襟が付いた二重廻しを着込んでいる。待つことほどなく、二七角にやって来た馬車鉄道を手を上げて止め、そのまま乗り込んだ。朝なら混雑していたかもしれないが、日曜の昼では師団周辺の乗客はあまりいない。
座席に並んで座り馬鉄の走行が安定した頃に、鯉登が口を開いた。
「反対しなかったな、お前」
「何のことです?」
「私が強引に首を突っ込んだことだ」
自覚はあったか、と思いつつ、月島は正面を見たまま静かに言った。
「息抜きは必要でしょうから」
「......かなわんな」
目下、鯉登は大学校への推薦を希望している。難関の試験を考えれば、推薦されてから勉強を始めていては間に合わない。自由闊達、鷹揚に過ごしているように見えて、空いた時間をひたすら勉学に充てていることを知っている。
「あなたはやらなければならないことを見誤るようなことはしないでしょう」
鯉登は月島の方に首を向け、見下ろす。
「ずいぶんと信頼してみせるではないか」
「......」
推薦を得られるかどうかは見通せない。どんなに能力があっても、それ以外のことで道が決まることはある。
――だって、あの人がそうだった。あの人ほどの人がそうだった。
それに、大学校に行くことなど道半ばでしかない。道半ばだと思っている人でなければならない。ただ、思うに鯉登は――
――そういう人だ。
「このことに関して俺の出来ることはありません。ですが、信頼ならば捧げます」
ちらりと視線だけを横に座る鯉登に投げる。鯉登は、ふー、と大きく息を吐くと、体から力を抜いた。
「急に大きな物を寄越すものだな」
急にではない。函館で渡したのだから、もう何年か経つ。
月島が少しばかりの不満を凝らせて黙っていると、ふ、と鯉登の雰囲気が軽やかに揺れた。
「......お前は厳しいが、優しいな」
「意味が分かりません」
顔も動かさずに固い声で答えると、鯉登はふふと小さく笑った。
馬車鉄道専用橋から旭橋を見上げる。幸い今日も晴れている。中州の雪も流れる石狩川も日の光を受けて明るい。近文地区から旭川地区に入ると、人通りが明らかに増えてきて、賑々しくなってくる。
二条通で馬鉄を下り、西に向かって歩き出す。チリチリチリと高い鳴き声が賑やかなのでそちらを見上げると、薄い赤のような灰色のような柔らかい色をした鳥が木に生った小さな赤い実に群がっている。
それを眺めながら歩を進め、視線を道に戻した時、見知った僧形が向こうからやってくることに気がついた。先方も月島に気づいたと見え、連れている小坊主共々会釈してきたのでこちらも会釈を返しながらすれ違う。
鯉登はそんな月島を見、さらにすれ違った僧の後ろ姿を見遣ってから訊いた。
「誰だ」
「報恩寺の住職です。中島近くの」
鯉登が不思議そうな顔になる。
「知り合いなのか?」
「知り合いというか、ぐにゃぐにゃした文字が読めるのです」
「ぐにゃぐにゃした文字? なんだそれは」
鯉登が問うので月島は空中に指で字を書いて見せた。
「こう、蚯蚓ののたくったような字があるじゃないですか。読めなくて教えてもらったことがあるのです」
「確かに、そういうことが得意な人間はいるな。それだけ人の字を見ることが多いのだろうが、住職なら、然もありなん。――お、菅原軍曹か、あれは」
月島が言ったとおり軍服で来ることにしたらしい菅原が、顔立ちのよく似た娘を連れ、大阪やの前で所在なげに立っていた。月島たちに気がつくと、菅原は何事かを姪に伝え、それから二人揃ってこちらにお辞儀した。
「鯉登少尉までご足労いただきまして」
「なに、こちらが勝手に来たのだ。気にするな」
鯉登は慣れた足取りで店に入っていく。まだ躊躇っている菅原とその姪を月島が促すと、意を決したのか、菅原はやっと入り口をくぐった。
昼食時の店内は混んでいて、人々が思い思いの話をしていて賑やかだ。四人は席に着き、緊張している菅原とその姪からなんとか注文を聞き出すと、月島が給仕にそれを伝えた。給仕が引っ込んだところで、思い出したように菅原が横に座っている娘を紹介した。
「姪のひさです」
「あの、ひさ、です......」
十五だというひさは、女性と言うにはまだ幼さが残る。菅原に似た垂れ目は優しげで、見たことのない軍人二人を前に、不安そうに叔父を見上げている。その叔父の菅原が借りてきた猫のようになっているものだから、不安は解消しそうにない。しょうがなく、月島は笑顔を作ってできうる限りの優しげな声というのを出してみせた。
「自分は月島と言う。君の叔父さんと同じく軍曹だ。こちらは、鯉登少尉。若いが俺たちの上官だ」
それは、ほとんど猫なで声のような有様だったが、多少は功を奏したらしい。普段を知らないひさは、僅かばかり笑みを浮かべておずおずと頷いた。だが、その隣の菅原はぽかんとした顔をしているし、鯉登など遠慮なく声を上げた。
「月島ぁ、お前、そんな顔できたんだな」
瞬く間に笑顔を消し、月島は仏頂面を鯉登に向けた。自分で首を突っ込んできたのだ、思ったことをそのまま口に出していないで話を円滑に進めてほしい。
月島の内心が伝わったわけではないだろうが、鯉登がひさに話しかけた。
「話を聞いてほしいと聞いているが、奉公先の泥棒の話なのか」
「聞いてほしいというか、叔父さんが――叔父が勝手に......」
おずおずとそれだけ言うと、心配そうにひさが菅原を見上げる。
「菅原」
不機嫌に月島が目を向けると、菅原が慌てて言った。
「あんまりこいつが落ち込んでいるから、何かできないかと思って」
「落ち込んでいるというのは、泥棒が近くを通って行ったのに気づかなかったからか」
「あ、はい。昼だったのに、部屋をお掃除していて気がつかなくて。その間に部屋の前を通って、蔵の方に行ったのだろうと警察の方が」
「人気が少ない場所だったそうです」
菅原が姪を擁護して説明する。
「昼だからほとんどの者が店の方に出ていて、奉公人は他にもいるんですが、掃除に洗濯に煮炊きと手分けをしていたので、その時そこに居たのはこいつだけだったと言うんです」
そうだな? と菅原が水を向けると、ひさは、うん、と小さく頷いた。月島は腕組みをして――笑顔を作るのは放棄した――ひさに言った。
「下手にばったり泥棒と鉢合わせていたら何をされていたか分からんぞ。警察が言うには何軒も盗みに入っていたごろつきだ。女の身でどうにかできたとは思えんな」
「そう、なんですけど」
ひさは下を向き、膝の上に置いた自分の手を凝と見ている。
「旦那様ががっかりしていらして」
「いや、待て」
月島は眉根を寄せた。
「刀は取り返したぞ。酒造りの家から盗られたのは刀だけではなかったのか」
そこで菅原が人差し指をピンと立て、それだそれ、と月島に向かって二度振った。
「そのことで訊きたかったんだ、月島。何か紙のような物を見てないか。それが無くなって奉公先の主人が消沈しているのだとひさが」
途端に、月島は大きく頭を振った。
「なんだ、それだったのか、お前の用事は。だったら、兵舎で言ってくれれば、すぐにも俺では役に立たないと教えてやったのに」
「知らないわけか」
諦めきれずに菅原が念を押し、月島の代わりに鯉登が言った。
「警察にも訊かれたのだ、それは」
「だいたい、紙切れ一つに何をそんなに。何か思い出の品なのか」
だが、月島の言葉を聞くなり声を立てたのは鯉登だった。
「紙切れと言うが、折紙だろう?」
言われて月島は鯉登の方に首を向けた。
「なんです、その折紙というのは」
鯉登は驚いたように月島を見、さらには菅原もひさも飲み込めていなそうなことを見て取って、首を振った。
「月島、お前、分からないで警察に答えていたのか」
「だから、何なんですか?」
「折紙は刀の鑑定書だ。ひさ、その刀はずいぶんな名刀なのではないのか」
「詳しくは存じ上げませんが、旦那様が旭川に移住する前から家にあるそうです。なんでもずっと前のご先祖様が手に入れて、以来、大事にしていた物で、何百年も前の物だと伺っています」
うむ、と鯉登は頷いた。
「代々刀剣の鑑定や研ぎを生業にしている有名な家があるのだ。その家で鑑定をして、これこれという刀であると極めがつくと、値が段違いになる。その時につけるのが折紙とか極札という物だ。ほら、『折紙付き』などと言うだろう。その折紙だ」
「なるほど。てっきり、『折り目正しい』とか『きっちり折られている』とか、そういう意味での言い回しかと思っていました」
月島が言うと、菅原も、私もです、と同意する。鯉登はまた一つ頷き、
「物によっては、折紙自体に値がつくぞ」
「はい、おまちどおさま」
給仕がちょうどやってきて、湯気の上がるビーフシチューやら、キャベツの添えられたエビフライやらを白米と一緒に並べていった。
わあ、と小さく漏らしたひさが目を輝かせている。鯉登が笑みを浮かべた。
「うむ、温かいうちに食え」
鯉登と月島がナイフとフォークを手に取り慣れた手つきで食べ出すと、見よう見まねで菅原も慣れぬナイフとフォークを持ち、それを見たひさもおっかなびっくりエビフライにさっくりナイフを入れた。
「うまい!」
「おいしい!」
二人から自然と漏れた言葉に、鯉登は満足そうに頷いた。
突然、頭の中に浮かんだВкусноの単語を月島はそっと胸の内に沈めた。
「......美味しいですね」
「ああ。シチューも旨いぞ。寒い季節には実に合う」
しばらく食べる方に気を取られていたが、それが落ち着いた頃、口元を拭いてから鯉登がひさに訊いた。
「盗みの件だが、別にお前のせいで盗まれたなどと責められているわけではないのだろう? 菅原がそう言っておったぞ」
「はい。ただ、よくしていただいている旦那様が悲しそうにしていらっしゃるのがお気の毒で。子どもの頃から家にある刀で、おもちゃにしてお母様に怒られたですとか、自慢げにされていたお父様のことなどをお話されていましたから、自分がそれを失してしまったのが堪えておいでのようなのです」
「物には思い出が詰まるものだ」
ぽつり、と月島が言った。菅原は意外そうな顔をしたが、鯉登は月島の方を見、何も言わずに少し目を伏せた。サクリ、と音を立ててフライを一片食べてから、ひさが続けた。
「『勉強堂さんはサガボンがまるまる戻ってこないそうだから、それに比べれば』ともおっしゃって、納得しようとなさっているのですが、探す術は無いものかと思ってしまって」
「サガボン? ああ、嵯峨本か」
鯉登が理解したように頷いたので、月島が訊いた。
「なんですか、そのサガボンというのは」
「江戸時代の本だったかな。サガは京都の嵯峨だ。そこで出版したから嵯峨本と言うそうだ」
「はー、さすがは少尉殿。よく知っていらっしゃいますね」
菅原が素直に感心すると、鯉登はぞんざいに手を振った。
「昔、家によく来ていた客人の受け売りだ」
「それで、その嵯峨本というのはどんな外見なのかは分かるか?」
菅原が尋ねると、ひさは申し訳なさそうに首を振った。
「いいえ。さすがに他のお店のことは......」
「それもそうか」
それを聞いて、月島が鯉登を見た。続いて菅原とひさも鯉登を見る。三人の目が集まったのに気づいて、珍しく鯉登は困ったような顔をした。
「私も知らん。別に美術品に取り立てて興味があるわけではない。刀は使うから知識はある。掛け軸になるような書や絵画、そうだな、あとは陶器磁器の類いなら家にあったから、まあ、価値がある物は価値があるのだろうとは思うが、本か......。美しい模様の入った紙に印刷した古い活字本だとは聞いたような気がするが」
「活字の本というのは江戸時代からあったのですか。御一新以来のものかと思っていました」
月島がそう言うと、鯉登も記憶があやふやなのか首を捻った。
「そういえば瓦版は版画か。今とは別な技術なのかもしれんな」
「そもそも、本なら物によって外見は様々なのではありませんか」
月島が言うと、ふと思いついたように鯉登が月島を見た。
「お前の方はどうなんだ」
呆れて月島はやや上を向いて目を閉じ首を振った。
「そんなもの、学がない私が見たことあるわけないでしょう」
「そう言うが、お前、本ならよく読むじゃないか」
「俺が読むのはその辺の本屋に売っている物であって、そんな高い物、縁があるわけがない」
スプーンでビーフシチューの皿を執拗に浚っていた菅原が顔を上げた。
「紙物ばかり戻ってこなかったんだな」
「騒ぎが広まる前に金にしてしまったか」
鯉登が腕組みしたところで、月島はスプーンを持つ手を止めた。
「ああ、そうか」
「何が、『そうか』なのだ」
「私が男を捕まえた時、そいつが持っていたのは刀と掛け軸何本かでした。他にも葛籠を背負っていたのですが、追われた時に置いていって持っていなかった」
「それは警官も言っておったな」
「つまり、逃げるにあたって運びやすい物だけ手に取ったのでしょう」
「そうだろうな」
月島はスプーンをテーブルの上に置き、鯉登の方を向いた。
「あなたの言う折紙とやらは、持ちにくい物ではないのでしょう? にもかかわらず、それを持ってはいなかった。刀と一緒にしておいた方が価値が上がるにも拘わらず、です」
「そうだな」
「つまり、その男、我々と同じで古美術品の価値が分からんのです」
フォークでキャベツが掬えなくて悪戦苦闘していた菅原が、月島の方を見る。
「じゃあ、単に金持ちが蔵に入れて大事にしているから盗んだだけだということか」
「そうだ。紙なんぞ金にならんと思って捨ててしまったんだ」
だが、鯉登は疑問を口にする。
「それだと本はなぜ盗って行って、なぜ出てこないんだ。折紙は刀と一緒になっていたそうだから、盗む時は一緒に持って行って、要らないから捨てた、というのは分かるが」
「本の形ぐらいになっていて、大事にされていればさすがに価値があると判断してもおかしくないのではないですか?」
「あの!」
ひさが声を立てた。
「勉強堂さんには、嵯峨本を入れていた漆塗りの文箱が返されたそうです」
「うーむ、漆塗りだけ価値があると思って中身は捨てたか。本当に紙の物ばかり戻ってきていないな」
「掛け軸は取り返しましたがね」
「あれは、見るからに古美術品だからな」
菅原が給仕を呼び止め、箸はないかと頼んでから、眉を下げてひさに言った。
「すまん、ひさ。これはもう捨てられたと思った方がいいかもしれん」
ひさもがっかりした顔にはなったが、頷いた。
「できることはないのだと、思ってはいましたから......」
「もし、まだ、可能性があるとしたら――」
口を開いた月島に、三人の目が集まる。
「折紙だけなら捨てただろうと思ったが、本があるならそれなりな量になるかもしれん」
「なんだ、勿体を付けるな」
「詰まるところ、紙なんでしょう? 折紙にしろ、その嵯峨本にしろ。売った可能性はなくはない」
「さっき、盗人には価値が分からなかったと言ったばかりではないか」
せっついた鯉登を余所に、菅原が膝を打って月島に指を突き出した。
「そうか、屑屋か!」
「屑屋?」
「少尉殿も巡回しているのをどこかで見たことぐらいはあるでしょう。反故だの襤褸だの屑鉄だの集めて、再利用する業者に売るんですよ」
月島が鯉登に説明してやり、菅原が身を乗り出した。
「ああいうのは縄張りがあると聞いたことがあるぞ。その盗人のねぐらが分かれば」
「もしかしたら、それは旦那様が警察の方から聞いたかもしれません」
ひさが言うと、菅原は笑みを浮かべた。
「よし、探すだけ探してみる!」
話してみるものだな! と菅原は喜んでいる。
「あー......」
もう警察もそれぐらい捜査しているのでは、とか、警察に任せておけば、とかいろいろ頭を過ったが、気が済むまで放っておくか、と月島は口を噤んだ。
翌週の日曜は雪がしんしんと降っていた。風があまり無いことでまだ救われているが、凍てつく、の言葉が似合う天候だ。月島は軍靴で雪道を踏み、白い息を吐きながら兵舎から官舎に向かって黙々と進んだ。凍った雪の上に軽い雪が乗って滑りやすく、少し気を抜けば足を取られる。北海道に移ってきたばかりの頃は、新潟の湿った雪と違うことに慣れなかったが、今ではこちらが月島の普通になった。
建ち並ぶ官舎はどれも同じ形である。しかし、何度も来ているので表札の確認は必要なかった。玄関の引き戸を開ける前に軒の下で外套の雪を払い、軍帽を一度脱いで積もった雪を落としてからかぶり直した。
訪いを入れると、急ぎ足の音が近づいてきて、鯉登がすぐに現れた。
「どうしたのだ」
「菅原が屑屋を見つけたのです」
三和土からでは鯉登の顔が見にくかったので、月島は軍帽の鍔を片手で少し上げ、やや首を傾けて見上げた。
「気になるのでしょう?」
言うなり、鯉登の顔に大きな笑みが浮かぶ。
「なる!」
奥に戻りつつ、鯉登は月島の方に指を向けた。
「少し待て! すぐに支度する!」
休養日だったが、鯉登は軍用コートで現れた。
「軍服で? 行くのはただの屑屋ですよ」
「偕行社で集まりがあるのだ。今から行って帰ると、身支度の時間があるか怪しい」
頷いて月島は外に出た。すぐに鯉登が横に並ぶ。
「どこだ?」
「常盤通りの辺りです」
「ふむ。あそこなら店もあれば人夫も職人もいるしな」
「はい。その屑屋は常盤通りと中島遊郭辺りを縄張りにしているそうです」
馬鉄に乗ってしばらく、菅原が常盤橋前でこちらを見詰めて待っているのを見つけて近くで降りた。菅原は鯉登に敬礼をしてすぐに店の並ぶ方に身体を向けた。
「あちらの飲食街の裏手にせせこましい路地があって、屑屋はそこに住んでいるのであります」
「軍人三人に押しかけられて、屑屋が警戒しないといいものだが」
月島が懸念を口にすると、大丈夫だ、と菅原は笑みをみせながら請け合った。
「まあ、のんびりした男だよ。もう何人かで話を聞いていいかとも伝えてあるし」
それは、部下相手でなければ人懐っこさの方が滲み出てくる菅原の人当たりの良さのせいだろう。菅原に案内されて行ってみると、屑屋の家は粗末で小さく、綿入れを着た男が一室しかない部屋の真ん中に火鉢を据えて待っていた。その火鉢を四方から囲んで男四人が座ると、それだけで部屋はいっぱいになった。
「あたしに聞きたいことがあるってぇお話でしたが、軍人さんが雁首揃えて何のお話で?」
「話したとおり、公用じゃないんだ。ほら、こないだ巷を賑わせてた泥棒を師団の軍曹が捕まえたって新聞に出ていただろう?」
「ああ、ああ、それが載ってる新聞を出した家もありましたね」
「その軍曹がこの男だ」
そんな口火の切り方があるか、と月島は顔にだけ不満を出したが、にこにこ愛想良く屑屋に話しかけている菅原は気づかない。屑屋が月島を見て得心いったように頷いた。
「ああ、だから、その捕まった男の話が聞きたかったんですか」
話を聞きたいのは俺じゃないと大いに言いたかったが、ややこしくなるのでそれは言わずに月島は尋ねた。
「その泥棒から屑を買ったことはあるのか?」
屑屋は煙草を一本懐から取り出し、呑気に吸って吐いた。
「ありますよ、二本向こうの道沿いに住んでいたんです。もともとは師団が旭川に来た頃に住み着いた人足だって人が言ってましたが、今は何の仕事しているやらとんと分からない有様で、すっかりごろつきですよ。しばらく見ないなと思っていたら、捕まったって言うじゃありませんか。びっくりですよ。まあ、荒っぽいところもあったし、どこで何をしてるんだかよく分からないのに酒だけはよく飲んでて、そういうことしても不思議じゃない男でしたがね」
のんびりした口調にしびれを切らした鯉登が核心を訊いた。
「その男から本を買ったことはないか。古い本だ。あるいは、こう、折った紙なんかも」
「あります」
「ある!」
興奮した菅原が声をたて、
「間違いないか?」
「だって、ごろつきが本ですよ? そりゃあ覚えてますよ。柄にないもん出してきたなって」
「それ、どこにある?!」
重ねて訊かれ、途端に屑屋は困惑したように眉を寄せた。
「ええ? だって、もう二週間以上前の話ですよ。まとめて持って行っちまいました」
固唾を飲んで返答を訊いていた鯉登は、だろうな、と力を抜いた。菅原が眉を下げて未練たらしく訊いた。
「どこに持って行った?」
「もう、持ち込み先でも使っちまったと思いますけど......」
「一応、調べるだけ調べたいんだ」
「紙でしたよね。紙はいつも――」
言葉を切った屑屋が、ぽん、と煙草の灰を火鉢に落とした。
「そういえば、その紙屑、持ち込む前に買ってくれた人がいましたよ」
途端に三人の目が屑屋に集まる。
「紙だのなんだの集めながら歩いていた時、師団の敷地からすっ飛んできた人がいて」
「なに? 第七師団に行ったのか」
「火曜に行くことにしてるんです。ほら、招魂社ってんですか、立派なお宮が建って、競馬場もできて、あこいらも紙を出してくれるんです。そのまま今度はあの真っ直ぐな道路をずっと行って――」
「工兵の方だな?」
「そうなんですか? よく知りませんが。――それで、向こうまで行ったら角を曲がって司令部も行くでしょう? そんでそこまで行ったら、どれ官舎の方にも、ってなるじゃないですか。その辺りでね、紙屑持ってるなら買いたいって」
「そうか、司令部か......」
鯉登が呟いたのを気にせず、のんびり屑屋は続ける。
「本なんか売りそうにない男が本を出して、その日のうちにいつもと逆に紙屑が買われたんですから、そりゃあよく覚えてます」
そこで屑屋はもう一度煙草に口を付け、煙をすーっと吐いてから、三人に順に目を向けた。
「その本、何か大事なものだったんですか?」
屑屋の路地を出て常盤橋まで出てくると、鯉登がとうとう笑い出した。月島が菅原を睨み付ける。
「言うに事欠いて俺の日記はないだろう」
「すまん、高価なものを探しているとばれたらまずいかもしれんと焦って」
「人を巻き込まずに自分のだと言え。しかも、疑ってたぞ、あの様子は。誤魔化しにもなってない」
「すまん、すまん」
屑屋との話を無理やり切り上げて出てきたはいいが。
「師団の中にも目利きが居たということか......」
鯉登は笑いを収めて思案顔になった。
「屑屋の箱橇にそんな高価な物が入っていては、それはすっ飛んでくるでしょう」
菅原が言ったが、月島は釘を刺す。
「菅原、お前が探しているのは折紙だろう。本を見つけても仕方がない」
「いや、待て、月島。あの屑屋、『紙屑が買われた』と言っておった。もしまとめて出したなら、そして、買い上げた人間が古美術品が分かるような目利きなら、まだ望みはある」
「誰が買ったか探すだけ探したい」
姪の為もあってか、菅原はもう少し粘りたいらしい。
「しかし、美術品が分かる兵卒などいるとは思えない。現に、俺もお前も知らないことばかりだったろう」
「となると、将校か......」
菅原が縋るように鯉登を見ると、鯉登は大きく頷いた。
「分かった、ちょうどこれから偕行社で集まりがある。将校には私が話を聞いてみる」
「恐れ入ります、少尉殿」
うむ、と頷き、早速とばかりに旭橋に向かって歩き出したところで、鯉登はくるりとこちらに向き直った。
「月島ァ!」
呼ばれて、黙り込んだまま月島は口を引き結んだ。菅原が横で笑いを隠しきれずに身体を震わせているのが忌々しい。
「何をしている、お前も来い!」
自分が話を聞くのではなかったのか。偕行社に自分など場違いだろうに。
結果的に、将校の中に本を買ったという者は見当たらなかった。
「司令部から官舎に行こうとしていたと言っていただろう? だから、司令部を主に使う方々にもあたってみたのだが、なんで屑屋が本を売っているんだという者がほとんどだったのだ」
「それはそうでしょう」
月島が呆れを含んだ口調で言うと、鯉登は軽く嘆息した。
「考えてみれば、道を歩いている屑屋の押す箱橇の中なんて上からしか見えないし、となると、二階から箱橇までの距離で紙屑に混じって本が入っているかどうかなど、そうそう分かるわけもなかったのだ」
火曜日の演習後、聯隊本部前の門に鯉登と月島と菅原が立っている。さきほどからずっと立っている三人に、歩哨はいったい何事かとちらちら視線を投げている。
「変な言い訳して、変なところで話を切り上げるからこうなるんだ。もう一度、屑屋に話を聞いて、買ったのがどんな奴だったか分からなければ話にならん」
じっとりと無表情に月島が菅原を見ると、菅原は面目無さそうに首をすくめた。
「だから、ここで屑屋が来るのを待っているんじゃないか。火曜に来るって言っていただろう」
「もう行ってしまった可能性があるのではないか?」
鯉登が懸念を口にすると、
「それはそこの歩哨に確認しました。まだ見かけていないそうです。こんなに真っ直ぐな道ですから通れば目に入らないわけがありません。となると、さすがに日没後に屑集めもないでしょうから、通るとしたらそろそろだと思われます」
菅原は少し伸びをするようにして、司令部の方を見たり、その反対側を見たりを繰り返している。夕日は傾いてきていて、影が長く伸びている。誰かが話すたびに白い息が上がる。
最初は菅原が、自分が責任を取って外を見張ると言ったのだ。それを、私も待つと言ったのが鯉登で、その鯉登の月島ァのひと言で、月島もここに立つことになってしまった。正直言えば、寒空の下、なぜこんなところに自分まで立っているのかと月島は解せない気分でいる。
待つことしばし、鯉登が、ふ、と顔を司令部の方に向けた。
「何か聞こえないか」
くずーい......くずーい......
「屑屋だ!」
くずーい、おはらい......くずーい、おはらい......
師団司令部の角を曲がって姿が見えて来るなり鯉登が大股で歩き出したので、慌てて追随する。
「おおい、屑屋!」
鯉登がよく通る声で呼びかけると、屑屋はすぐに気がついて、おっとりと軽く腰を曲げて会釈した。立ち止まって屑屋が近づくのを待つと、三人の所まで来た屑屋が訊いた。
「どうしたんです? こないだは急に出て行っちゃって」
「あー、うん、後の用事が押していたんだ」
菅原が月島の方を気にしながら答える。月島は菅原に不満を込めた視線を投げたが、それはいったん脇に置いて屑屋に訊いた。
「こないだ訊けなかった続きだが」
「はいはい」
「紙屑を買ったのはどんな奴だった?」
屑屋が箱橇を再び押し始めたので、三人もそれに付いて一緒に歩く。
「そうですねぇ、ずいぶん丈は高くて、手足はひょろひょろと長くて、なんだか悲しそうな顔をしていて」
すると、突然、菅原が屑屋に向かって身を乗り出した。
「そいつ、将校殿ではなくて、ただの兵卒じゃなかったか」
「自分は将校さんだなんて言ってませんよ。普通の兵隊さんです」
「ただの兵卒が?」
疑念を乗せて鯉登が声を立てたが、菅原は畳みかけるように尋ねた。
「新兵か?」
「そうかもしれません。なんだかおどおどしてて」
「どこで売った? あそこの角を曲がって、官舎の方に行く途中じゃなかったか?」
「そこです、そこです、あの門があるところ」
となると、第二十七聯隊の、月島や菅原の所属する大隊の厨房がある辺りだ。
「心当たりがあるのか、菅原?」
「新兵全員把握してるわけじゃないが、たぶん高橋だ。――鯉登少尉殿、高橋は私の班の新兵なのです」
途端に、月島が身動ぎし、
「あ」
「あ」
「あ?」
月島、鯉登、菅原の順に声を立て、三人は三様にお互いを見た。月島は、ばつが悪そうな顔をしており、鯉登はその月島に何か言いたそうな視線を送っている。菅原はと言えば、何かを思いついたらしい二人を何度も見比べたものの、何が何やらさっぱり分からぬという顔のままである。
「あー......菅原、高橋を俺の部屋に寄越してくれ」
「お、おう」
頭を傾げたものの、菅原は頷いた。
ロシアとの戦争の後から、月島は下士室を一人で使っている。戦時の体制が解かれて部屋が空いたところに古参だったせいもあり、それはそこまで異例の扱いではなかったが、鶴見の意向が大いに働いていたのだろうということは想像に難くない。その待遇が函館での負傷からの復帰後もそのままだったのは、何らかの思惑があったのではないかと思っているが、鯉登が心配するだろうからそれを口にしたことはない。いずれにせよ、こういう時は都合が良かった。
部屋に置かれたストーブの上にやかんを乗せ、鯉登と一緒に待っていると、廊下が騒がしくなってきた。
違う、そっちは俺の下士室だ! 月島の部屋だと言っているだろう! 隣の班の! 月島軍曹の! 下士室だ! いいから一緒に来い!
菅原の怒声がだんだんと近づいてくる。
「大丈夫か、その高橋とやら」
「飲み込みが悪いところがあると聞いております」
扉を開けるなり鯉登がいたので、菅原が礼をした。
「菅原、入ります」
ついてきた高橋は菅原より頭一つ大きく、悲しそうな顔で突っ立っている。それを菅原が振り返って睨みつけると、慌てて菅原を真似て頭を下げた。
「高橋、入ります......」
二人が部屋に入り扉を閉めたので、月島が徐に口を開いた。
「高橋、三週間前の火曜、俺が浴場で薪を割った時」
「なんでお前が薪を割っているんだ」
鯉登が口を挟んだのを視線で黙らせ、何を言われるのかと高い背を屈めている高橋に話しかける。
「あの時、燃やそうとしていた屑紙はどこから手に入れたんだ」
「は、はい」
ただ訊いただけだというのに、怯えて口を震わせているので、高橋、と菅原が促すと、まるで観念したように、高橋が答えた。
「あ、あの、外を通った屑屋から買ったのであります......」
「なんで屑なんて買ったんだ」
事情を知らない鯉登が訊くと、高橋はそれだけで震えだした。高橋、とまた菅原が促す。
「焚き付けが......前に、上等兵殿に......無くて、その、ものすごく、叱られて......」
しどろもどろの上に息も絶え絶えという調子で高橋が単語を並べる。
「すぐにと、思ったら......外を、屑屋が、見えて......」
「ああ、だいたい分かった」
鯉登がもういい、と手を振って黙らせた。月島が尋ねる。
「幾らだった」
「あ、あの、五銭であります」
「そうか」
月島は机から財布を取り出し五銭を出した。
「手を出せ、高橋」
おずおずと差し出された高橋の手の中に、硬貨を乗せる。
「買った物だとは思っていなかった。巻き上げるつもりはなかった。すまなかった」
高橋は自分の手の中の白い硬貨を信じられない物を見るように見詰め、それから、月島の顔を見て、突然思いついたように、ありがとうございます、と深々とお辞儀した。月島がぞんざいに手を振る。
「返したようなものだ。ありがたがらなくていい」
「あ、あの、他に、ご用件はありますでしょうか」
「いや、これだけだ。戻っていい」
「はい、失礼します!」
長い手足をカクカクと動かして、高橋が部屋から出て行く。はっと気がついて、菅原がその背に声を投げた。
「高橋、それは衣嚢に仕舞ってから帰れ!」
鯉登が呆れて言った。
「たかが五銭ではないか」
「あいつ、巻き上げられかねないので。あ」
菅原が鯉登を気にして、視線を向ける。内務班内のいざこざは班長の責任になるのだ。鯉登は小さく頭を振って不問の意思を示し、そのまま月島の方に物問いたげな視線を向けた。
「それで、月島?」
月島は何も言わずに棚を開けた。中から古い和綴じの本を取り出して机の上にそっと置く。菅原がしげしげとそれを眺めた。
「これが、『美しい紙に印刷された本』か」
「『かつて美しかった紙』に印刷された本、だな」
それぐらいの言い訳はさせてほしい。大事にされていたのだろうが、長い年月で紙は古ぼけ、擦れた部分も多いのだ。
菅原もうんうんと頷きながら、
「確かに、言われなければ古ぼけた本でしかないな」
だが、分かってから明るい場所で見てみると、紺の表紙は優美な植物や鳥の絵が描かれ、紙にはうっすらと模様が入っている。菅原が本から目線を上げた。
「高橋はこれを焚き付けにしようとしていたのか」
「そうだ。他にも紙屑はあったが、本は燃やすのは勿体ないと思って持ってきたんだ」
「間一髪だな。風呂好きのどこぞの軍曹が風呂が沸いていないことに怒り狂って薪を割ってなければ、灰燼に帰していたわけだ」
怒り狂ってなどいない、と心の中だけで思い、月島はむっつりと黙り込んだ。軍曹二人の遣り取りを面白そうに見ていた鯉登が、月島ににやにや笑いかけた。
「『縁があるわけがない』?」
月島は あー、と声を立ててから、仕切り直すように鯉登を見上げた。
「私が気づいたのは当然として、少尉殿はなぜ気がついたのですか。屑屋と話していた時に既に何か思い当たる様子でしたが」
「ああ。あのな」
風雅な絵が描かれた和綴じの本を一冊取ると、鯉登は月島の目の前に突き出した。
「この字」
繊細な細い筆のような文字が流れるように綴られている。横から覗き込んだ菅原は、見るなり、私には読めません、と匙を投げた。月島は突き出された紙面に目を落としてから、顔を上げた。
「これが活字なんですか?」
「そう聞いた。――ああ、そうか。確かにこんな字の形では活字と言われても分からんな。なあ、月島、これがお前の言う『蚯蚓ののたくったような字』ではないのか」
「ええ、そうです。くずし字と言うんでしたか」
「最初からそう言え」
軽く目を閉じ首を振ってみせた鯉登に、月島が疑問を投げる。
「最初とは」
「前に言っていただろう。報恩寺の住職に『蚯蚓ののたくったような字』を『読めなくて教えてもらったことがある』と」
「はい」
「聞いた時は悪筆のことかと思ったが、それなら『読んでもらった』と言うのではないかと考えたのだ。下手な字というのは、教えてもらって読めるようになるようなものではない。となると、だ」
「つまり、月島がなぜくずし字を読もうと思ったか、疑問に思ったということですか?」
「うむ。月島自身に屑屋の覚えはなかったようだが、二十七聯隊内に買い上げた者が居るなら、回り回って月島の所にきた可能性はあると思ったのだ」
「回り回ってどころか、直接の巻き上げだったわけだ」
菅原はそう言ってにやにや笑うのを睨みながら月島は指摘してやった。
「だが、菅原、お前の目的は折紙だろう。本は目に付いたし、勿体ないと思ったが」
「あー、そうだった。しまった、残りの反故をどうしたのか訊くのを忘れた」
「もう三週間前の話だろう? それこそ焚き付けにしたのではないのか」
鯉登が言うと、菅原は眉を下げてしゅんとなった。
月島が本を取り上げた。本は勿体ないから読もうと思ったが、紙屑を集める趣味はない。当然、手元に他の紙屑は無い。
「この本は返さないとな」
読みかけだったので残念な気がするが、月島にとって読書は金の掛からぬ気分転換でしかない。ぱらぱら捲って栞代わりの紙を取ると本を棚に仕舞いかけたが、思い直していったん机の上に置いた。さすがに、警察に引き渡すまではどこか鍵の掛かるところで保管したい。経理部かどこか金庫を持っている所で預かってもらえないものか......
「おい、それ!」
「は?」
鯉登が大声を上げたので見てみると、驚愕の表情でこちらを見ている。視線の先はどう見ても月島の持つ古ぼけた紙である。
「これですか?」
折り畳まれた和紙は古ぼけていて、何かを書き付けてあるのか、うっすら字が見えなくもないが、これこそ書き損じの反故だろう。
「これも高橋が買い上げた紙の中にあった物です。ちょうど良い厚さだったので栞にしていたのです」
言うか言わないかのうちに、鯉登が興奮して月島の手の中の物を指さした。
「それだ、それ!」
「何なんですか」
「それが、『折紙』だ!」
机の上にぞんざいに投げだそうとしていた手を止め、月島は瞬きした。その手の中から紙を取り上げ、鯉登は慎重にそれを広げる。
「『備前国宗』......『代金子五枚』、ほら、花押もある」
「竈の上に何か乗ってるみたいな絵ですね」
「絵じゃない。花押は字だ。名前が書いてあるんだ。つまり、署名だな。本阿弥某かの」
言われて見れば、「本」と「阿」の文字は確かに読める。
しばし筆で書かれたその文字を見詰めてから、月島は神妙な面持ちで顔を上げた。
「すぐに警察に知らせないと」
「それなら、俺が行く。ひさもにも知らせたいしな。ありがとうございます、少尉殿。月島もありがとう」
嬉しげな菅原が足取りも軽く出ていく。それを見送った月島が、ふう、とため息を吐いた。
「礼を言わなければならないのは俺の方だったかもしれません」
「菅原が粘らなければ見つからなかったろうし、時間が経てば全員記憶もあやふやだろうし、屑屋と高橋の証言が無ければ」
「俺が盗んだと言われかねません」
ゆっくりゆっくり読んでいただろうその本を取り上げ、鯉登は、月島、と静かに呼んだ。
「学がないなどと言いながら、こんなものを読もうと思ったのか」
「はあ」
「あのな、月島。学は生まれだの身分だのとは関係がないぞ。弛まず学んだ者の上に宿る物だ」
言われた時、ふと懐かしい声を思い出したのだ。
――学は努力した者の上に宿る物だ、月島。生まれの上に胡坐を掻いた者には一生身につくことはない。
「......昔、似たようなことを言われました」
久しぶりにはっきりと思い出したその声は、存外、温かいものだった。
軍曹会議が第7回なので第七師団の誰かとの絡みで事件物を書けないかなあと最初は思っていたのですが,申し込もうかどうしようか考えている時に,気の迷いで池袋の実写金カム4DXを観に行き,それだけのために上京というのもさすがにどうなのと思って,ついでに『本阿弥光悦の大宇宙』展を観に行ったら,最後まで見終わるまでに頭の中にこの話の大筋ができあがっていたので,家に帰ってから軍会に申し込んで,もそもそ書き出しました.間に合って良かった.
引率して出て行ったら,引率して帰ってくるんじゃないかなとちらっと思いましたが,考えないことにしました.どうも,新兵の引率って入隊から6ヶ月後ぐらいのようでそうなると6月頃のはずなんですが,既に冬で書いちゃってたのでそのまま押し切りました.
引率ってどこに行くのかなあと思ったんですが,旭川って師団がどーんと大きな敷地を占めていて(特に当時は)周りに何も無いレベルなんで,旭川駅側に出るしかないよなと思って,そっちに行くことにしました.前に旭川に行った時に偕行社まで歩いたんですが,普段運動なんぞしない人間があちこちカメラで撮ったりご飯食べたりしながら歩いて行けたわけだから,昔の人よく歩くしましてや軍人さんだし大丈夫でしょう,うむ.
なんで歩いたかというと,出征から帰ってきたらどうやって兵営に帰ったのかなと思ったからだったんだけど,結局,明治時代の地図を見たら練兵場まで引き込み線があって「鷹栖線」となっていたから,出征の時などの集団で出る時は列車で直に出て行ったのかもしれない.さすがに一般人乗せないだろうから,常に出てるわけではなくて単なる個人の外出の時は使えなかったのではないかなあと思う.いちおう,一番近そうな普通の?汽車の駅は近文だけど,そこでも歩いて一時間ぐらいみたい.
祖母の家が昔五右衛門風呂だったんですが,祖母が言うには焚き付けには牛乳パックが良いです.ちょっと紙があったら火ぐらいつくんじゃない?と思うんですが,「焚き付け作れ」と言ったら作ってなくて,叱ったらぷいっといなくなったので紙を持って帰ってきたのに腹を立てられ怒られたのでしょう.理不尽.
前から,月島軍曹に『金色夜叉』読ませて感想聞いてみたいという鬼のような想像をしていたんだけど,4期DVDのおまけCDドラマ聞いて,え,この人にその話を語らせるんですか?!?!と思ったから,案外,『金色夜叉』は読んでたかもしれないなあと思って出しました.もし読んだら,「お宮がかわいそう」とお宮の行く末をはらはらしながら読んでたんじゃないかなと自分は思ってる.
『南満州鉄道案内』という明治四十二年刊行の本があるみたいで,もしかしたら気になって手にしたかもしれないなと思っている.
オリジナルで出した人たちですが,菅原軍曹は金塊争奪戦では五稜郭で負傷して脱落している設定です.高橋二等兵は,実はあれで菅原に懐いています(他の人より相対的に怒鳴り具合がソフトで結局のところ面倒見てくれるから).この後,本式に炊事兵になってやることを飲み込んできたら,同じ時間に同じ事をするというのが性に合ったのと,野菜や果物を大量に薄く早く剥くという特技を開花して重宝がられ,除隊まで炊事兵をやっていたという設定.たまに菅原と月島(二年兵になってからは組んだ初年兵にも)に賄いが届けられたりなかったり.
地元の話なんですが,連隊があった場所の近くの橋を昔は「連隊橋」と呼んでいて,亡くなった祖母が「子どもの頃,将校さんが通る時はずっと頭を下げていた」と言っていたので,どのレベルの将校かは分からないけど,今の感覚よりも将校という地位は高く捉えられていたんだろうなあと思い,そうなると,市民とか警察に対する軍人の口調ってどの程度だったんだろうなあと悩んでしまった.
まったく関係ない話ですが,祖母は「皇国ノ興廃此ノ一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ」というアレを諳んじられたので,よく知ってるねと言ったら,「だって,あなた,(尋常)小学校で覚えさせられるんだもの」という話で,うーむ,時代だなあと思ったことを思い出しました.
資料:webサイト
- 次世代デジタルライブラリー(国立国会図書館
国立国会図書館デジタルコレクションで提供している資料の中から、著作権の保護期間が満了した図書及び古典籍資料全部が検索可能
とのことなんですが,「この単語,この時代に使っていたのかなあ」という時に,年代区切って検索してみている.もちろん,書籍になるような物だけなので口語なんかは分からないけど.- 内務班
- 一次資料は当たってなくて,ここの記載で書いているから,時代によって違うんだろうなあとは思う.
- 軍隊調理法
炊事兵の選び方とか炊事班長の話はここから.炊事班長は古参の軍曹がやるそうで,別の資料に「炊事班長をやったら曹長に上がる」と書いてあるのを読んで,月島もそのうち炊事班長やって曹長になってたらいいなと思った.炊事班長自身は物資調達の事務処理に忙殺されて調理はしなかったみたい.なので,炊事班長時代に商人と顔繋いだり主計将校に会計教わったりして退役後はこぢんまり貿易商......を隠れ蓑に大陸の情報をせっせと仕入れて鯉登閣下に流してたという全うの仕方をするのが妥当な路線じゃないかなあと想像を膨らませてました.
- 「炊事場」からみた日中戦争 : 元陸軍伍長・杉浦右一インタビュー
- 時代が違うんだけど,飯上げの様子が書いてあった.
- 明治陸軍関係資料集(のくさん調べの資料)
- 兵営生活とか外出とかを参考にしました.各種喇叭が聴けて楽しい.正露丸のあれって食事喇叭なんだね
- 「旧歩兵第三聯隊兵舎(東京大学生産技術研究所・東京大学物性研究所)」の保存再生に関する要望書
- 最初「下士官室」と書いていたんですが,「あれ?昭和6年まで下士だな?でも,『下士室』(言いにくい)なんて言うだろうか?」と思って検索かけたら出てきました.下士室で良いみたい.平面図知りたい.
- 警察政策学会 管理運用研究部会『明治期の警察に関する諸考察』警察政策学会資料 第101号平成30(2018)年7月
- 明治期の警察の呼び方とか階級の名称とかが今と同じで良いのか知りたくて.最初期は邏卒だったけど,明治11年には巡査・警部という名称になっている.――というのを見た後で,『新旭川市史』第三巻に思いっきり人数まで書いてあるのを発見する.
- 北方資料デジタルライブラリー>旭川市図書館>古地図
- 年代の近そうな,『北海道鉄道網走線全通記念 図表』所収『旭川市街之図』(1912)・『旭川明細全図』(1910)・『第七師団旭川衛戍地全図』(1903)・『旭川区概図』(1918)あたりを印刷して眺めながら書いてた(あんまり生かせてない).衛戍地の地図見ながら,月島は第七中隊で二七聯隊の兵舎では真ん中辺りから出てきたらいいなーとか想像を駆り立ててた.
- 旭川の歴史展(北鎮記念館)
- 旭川の変遷と第七師団(北鎮記念館)
- 旭川の歴史を俯瞰するのに便利.もう電灯あるんだなあとか店ができた銀行がきたとかざーっと分かる.招魂社落成したのは1911年らしい.
- もっと知りたい!旭川>「旭川歴史市民劇」解説⑥ 当時の街並み
- もっと知りたい!旭川>アンコール・私の好きな旭川 VOL.12 「勧工場」となつかしのデパート
- 当時~昭和初期ぐらいまでの旭川の町並みの写真と解説があります.三浦屋と宮越屋の描写は,これと『新旭川市史』の入営時の記述から.
- 旭橋のあゆみ
- 旭橋(旭川市)
- この当時の旭橋は初代旭橋.
- 林川俊郎『旭橋の技術伝承と新北海道三大名橋への提案』令和4年度土木学会北海道支部年次技術研究発表会 部門A 講演
- 初代旭橋の写真が載っている.
- 常磐公園
できる予定
の公園.ちなみに,揮毫の時に字を間違って「常盤」のはずが「常磐」公園にしてしまった渡辺師団長は,小学校中退で大将まで登った人です.(※名誉のために追記すると,この人は陸軍大学校を首席卒業している)- 日本国有鉄道の荷物運送
- 母と話していたら,突然,「函館から富山まで来たら駅でチッキを取りに行っている時に」と言いだして,「チッキって何?」とよくよく聞いてみたら,どうも昔の国鉄は飛行機みたいに手荷物預けたりできたみたい(母の話は昭和40年代である).それ聞いた時,「陸大に行く鯉登少尉はきっと汽車に乗る時,手荷物預けたんだろうなあ」と思いました.
- 明治の乗合馬車と馬車鉄道
- 馬車鉄道って地図に停留所も書いてないし手を上げて止めるんじゃないかなと思ったので調べたら,やっぱりそうみたい.
昔は田舎のバスはあそこの角で下ろしてくれと言えば下りられた.便利だったんだがなあ.
- 初代旭橋と馬鉄
- 冬も馬車で大丈夫だったのかなと思って探してみたら,明治の冬の馬鉄が写ってた.ちゃんと馬車だった.師団司令部前の写真もあるよ!あと,話に出した常盤通の写真もあります.
- メイジノオト>文明開化がカギ!カレーライスにとんかつ,コロッケ.明治時代に誕生した洋食の魅力(博物館明治村)
- どんな洋食が一般的だったのかなと思って.
- キレンジャク/ヒレンジャク|日本の鳥百科|サントリーの愛鳥活動
- おはなしの中でチリチリ言ってるのがキレンジャク.キレンジャクは旭川市の鳥です.上記ページで鳴き声が聞けます.冬になったら旭川に群れになってきて,ナナカマドの実を食い荒らすそうです.見てみたいなあ.
- 嵯峨本
- 中身はいろいろで,謡とか『方丈記』とか『徒然草』とか.軍曹が読んでいたのは『伊勢物語』で,軍曹は「よく分からんな」と思いながら読んでる.(字を追いかけているだけの人)
- 『大正・昭和初期東京における再生資源回収業に関する一考察』
- 明治時代も屑屋がまだ古紙回収していたみたい.
- 浮世絵文献資料館>その他>早稲田文学
- 明治二十五年の記事として『屑屋のに買はんといひし古錦絵二百余枚と古絵本二冊とを』とあったので,量が少ないのと売る方なのと二十年ほど経っているので五銭にしました.実際のところいくらぐらいだったんですかね.
- 「屑屋おはらい」(小父さんの感傷旅行)
- おはらい箱(管理人室 名古屋コーチャン>なぜ? 知って楽しい 語源 / 豆知識)
- 「竿や~竿竹~」みたいに屑屋も掛け声あったんでないの?と思って調べたら出てきた.そういえば,竿竹売りも最近見ないですね.
- 五銭硬貨(wikipedia)
- この時代だと,菊五銭白銅貨か稲五銭白銅貨になるのかしらん.どっちにしろ,白っぽいのだと思う.
資料:書籍
- 『新旭川市史』
- いつものネタ帳.原作軸書く時は,第一巻・第三巻・第八巻(=師団歴史)をざざっと見てる.今回は,第三巻から東旭川兵村の記述,警察組織の記述は184ページ~.入営と兵営生活p307~.入退営のにぎわいp376.馬車鉄道の敷設p381.醸造業の発展p436など当時の旭川ってお金持ちってどういう商売なのかなと思ったら,お酒を造るのに資本が必要で~という記述があったので,盗みに入られたのはそこにしました.
- 平山晋 編著『写真集 日本軍服大図鑑 明治篇』
- 解説と一緒に豊富な写真が載っている.防寒着は防寒着という単語で良いのかなあと思って調べていた.結局,自分が思い浮かべていたのは「外套」で,防寒着は30巻裏表紙の月島が来てるアレです.ところで,この防寒着,でかい人も着られるようなワンサイズしかなかったようで,月島が着たらどう考えてもぶかぶかです.ありがとうございました.
- 新井紀一『怒れる高村軍曹』(青空文庫)
明治の頃は一等卒二等卒であって,「卒」が「兵」になるのは昭和3年なんだけど,じゃあ新しく入隊した人は何て言うんだろう,「新卒」はいやいやさすがに変だろうと思って検索したら小説が引っかかりました.この作品は大正5年の作品で,既に「新兵」とか「新入兵」と書いてあるので,「新兵」で良いのだろうな,と.
新井紀一という人は兵役も経験しているそうなので,この話の描写も参考になるんだろうなと思います.しかし,高村軍曹,鬱屈しているなあ......
- 『特別展 和食 公式ガイドブック』
- たまたま2023年末に展示を見に行って買ってきてたガイドブック.日本の洋食も和食の一種扱いで,明治からの広まり具合がちょっと書いてある.
Tweet 日時: 2024年4月 5日 | 二次SS |