クリスマスは気苦労とともに


 サウスタウンという街は厳格なまでに住む奴の生活空間を分けている。持てる者の場所と持たざる者の場所に。

------数ヶ月前なら俺達もここにいやしなかった。
俺は妹のリリィがもの珍しそうにキョロキョロしながら横を歩いているのを見ながら思った。

 高級な店が立ち並ぶ通りをリリィに合わせてゆっくり歩く。

 クリスマスが近い。
 ショーウィンドウの中にはあるいはにぎやかにあるいは整然とありとあらゆる商品が並べられていて、街路樹にはクリスマス用の小さなライトがすずなりになっている。

 貧乏人を拒むこの辺りを俺は嫌っていたが、リリィが嬉しそうにキラキラチカチカするライトを見ているのを眺めていると、まんざらでもないな、と思う。我ながら現金なものだ。

「お兄ちゃん」
「ん?」
「わたし、クリスマスって好きだな」
「どうして」
「街中がクリスマス、クリスマスって言ってるでしょ? 歩いてる人たちも、お店の品物も、ライトも全部。そういうの見てると楽しいの」
ニコッとリリィは笑う。
「そうか」
俺もつられて笑みを浮かべた。こういうときばかりは数ヶ月前、俺を雇った酔狂な人物に素直に感謝する気になる。
「それに、お兄ちゃんの誕生日だし」
そう言ってリリィはちょっと小首をかしげた後、自分で納得するように
「うん、そっちのほうが大事」
と言ってうなずいた。
「えっと・・・お兄ちゃんは私より8才上だから・・・18才、18才になるんだよね」
「ああ、そうだ」
俺が少々こそばゆい気持ちでそう答えると、リリィは18才、18才と小声で節をつけて繰り返した。
「今度の・・・ボス?・・・お兄ちゃんを雇ってくれた人に感謝しなくちゃね」
「そうだな」
 まったくだ。
 数ヶ月前にはリリィにひもじい思いをさせないこと、それだけでさえ一苦労だったのに、今は見ろ、こうして2人で街をゆっくり歩いていられる。クリスマス当日には・・・そうだな、リリィにぴったりのかわいいコートをプレゼントしてやろう。
 それもこれも、まあ今までの俺の収入から見れば破格の報酬が転がり込んでくるおかげだ。
 昔、牧師だか神父だか知らないが近所のおせっかい野郎が「金で幸福は買えぬ」なんて説教たれていったが、人間、余裕がなきゃ楽しめない。そしてみろ、今、俺達に余裕を与えてくれたのは金じゃねぇか。

「・・・にいちゃん、おにいちゃん、聞いてるの?」
「あ、すまん。なんだ?」
 リリィがなんか言ってたのに俺は自分の考えにふけっていてよく聞いていなかったのだ。
 リリィは、もう、と言ってプゥッとほおをふくらませてみせたが、俺がしおらしくしているのを見てもう一度言った。
「お兄ちゃんのボスって家族はいるの? クリスマスはどうしてるの?」
「家族はいないってきいたし、クリスマスは・・・クリスマスもあの人にとっちゃ普通の日と一緒だろうなぁ」
すると、だ。リリィはすごい事を考え付いたかのように目を輝かせて
「ね、クリスマス、うちに呼ぼう」
と言った。

 俺の頭の中でその言葉の意味がはっきりするまで数瞬かかったが、理解したとたん、俺は驚くとかあきれるとかいうより先に笑ってしまった。
「はは、来やしないよ、リリィ」
 リリィが心配するから言ってないが、俺の雇い主ってのはサウスタウンを裏から牛耳ろうって人物だ。俺もそうだが、イエス・キリストも聖母マリアもそれどころか唯一絶対なる主の存在だって信じちゃいない。ギース・ハワードなるその人物は自分しか信じちゃいないのだ。
 食事の前に感謝の祈りをするギース・ハワード、七面鳥を切り分けるギース・ハワード・・・さらにはサンタクロースの格好をしたギース・ハワード!! 爆笑物だ。

 けど、俺がふと見るとリリィは顔を曇らせてしゅんとなっていた。
「そっか・・・」
 そうつぶやくリリィが心なしかトボトボと歩いているように見える。

 失敗した。
 俺は慌てて
「言ってはみるよ。けど、忙しい人なんだ」
とかなんとか一生懸命なぐさめたのだ。


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