俺はその日「仕事」を終えてその報告をしにいったん組織のビルに戻ってきていた。
「ごくろう。ギース様には私が伝えておく」
ギース・ハワードの秘書ってのは俺より5,6才年上(だと思う)のがっちりした男で、いつもサングラスをはずしたことがない。
命令はたいていこの男から俺に伝わり、俺はこの男に報告する。
格別親しいわけでもないが、嫌いってほどでもない。えばりくさったとこがないのが気に入っていたのだ。
「今年はこれで仕事納めだな、お前は」
そうだ、あさってはクリスマスで俺は一足早く明日から休日を取っていたのだ。それから3週間、俺は休み。リリィを連れてどこかに旅に行こうか。そうだな、リリィは動物が好きだし、牧場にでも・・・
「あ・・・」
俺は思い出して思わず声をあげてしまった。
「どうしたんだ?」
訊かれたけど、まさか「ギース・ハワードをクリスマス・イブの食事に誘うのを忘れてた」なんて言えたもんじゃない。
言い訳させてもらえば、俺はまだ下っ端で(当たり前だ、数ヶ月前に組織に入ったばかりなんだから)めったにギース・ハワードに会いやしないのだ。リリィには悪いけど、ここは「言ってみたけどだめだった」ってことにして・・・
「それじゃ、俺はこれで」
俺は回れ右をしてどうやったらリリィをがっかりさせずにすむかを考え考えドアの方へと向かった。
そしたら、だ。
勢いよくドアが開いて俺の鼻先に当の本人、そうギース・ハワードが立っていたのだ。
俺はあまりのタイミングのよさに驚いて、驚きの余りこう言っちまった。
「あ・・・ミスター、クリスマス・イブに俺の家にきませんか? 妹が楽しみにしてるんです」
ミスター・ハワードは俺をじっと見た。動じてる様子はない。ないけど、反応が遅れてるところみると、やっぱり驚いたに違いない。
チラッと見ると背後では、なんてこと言い出すんだ、とさっきまで話していた男がジェスチュアで合図をしている。ちっくしょう、そんな顔するなよ、俺もそう思ってるんだから。
「行こう」
「は?」
俺は完璧に固まっちまった。俺の頭んなかでお星様とベルと靴下とがグルグル回っている。
「聞こえなかったのか?」
「あ、いえ、お待ちしております」
俺はかろうじてそれだけ言うとそそくさに部屋を出た。
出てしまってからあせった。たいしたとこじゃありませんが、とかささやかなもんですが、とか釘をささなきゃいけないことはいっぱいあたったじゃねぇか、と俺は足早にエレベーターに向かいながら思った。
いや、そもそもなんで来るんだ? 俺のシュミレーションの中ではギース・ハワードはふん、と鼻で笑うか、さもなくば丁重に断るか、そのどっちかであって決して招待にのるはずじゃなかったのだ。
どうしてだ? どうしてだ?
俺は頭んなかで繰り返しながら歩いていた。
どこをどうやって歩いたか分からないが、家に帰るぐらい体が覚えている。俺はいくぶんふぬけた声で
「ただいま」
と言った。
「お帰りなさい!」
リリィが転がるように駆け寄ってくる。
「ね、お兄ちゃん、覚えてる? 言ってくれた?」
俺にはリリィが何のことを言っているかよく分かった。なんせ、そのことばかり考えてたんだから。
「ああ、言った」
「来てくれるって?」
リリィは大きな目に期待をこめて俺を見上げた。
「ああ、来るってさ」
「やったぁ! お兄ちゃん、お買い物手伝ってね、あした!」
嬉しそうなリリィと反対に俺の中で不安がふくらんでいく。
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