糸は未だ交わらず

じゃり、じゃり。

1歩踏み出すごとに辺り一面をまばらに埋める砂利が音をたてる。

ひとけのない工場跡地。動くことのないトレ−ラ−。よどんだ空気。

ざーっと風が吹き、埃を舞い上がらせる。

草薙京はその埃を吸ってしまい、おもわずむせた。

咳き込んだとたん、2、3羽のカラスがカァカァと濁った声で鳴いて飛び立った。少し離れたところにとまり、こちらを見つめている。

京は顔をしかめて手で顔をかばい、ふてぶてしいカラスを細目で見上げた。もう2、3度咳をする。埃が止んで、やっと顔の前から手をどける。

「ここで……」

まわりに人はいない。だから京の呟きは完全に独り言だ。

地面に乱闘の跡。

「ここでやったんだな……」

あの闘いはつい昨日のことだ。そう、八神庵との闘いは。

髪を赤く染めた八神は自分の出番になるとゆらり、と京の前に立った。口の端に薄ら笑いを浮かべて。

いくら京が「草薙の宿命」だの「八神との確執」を自分とは関係ないとみなしていようと、八神庵の名前は無視できるものではなかった。

神代の昔、八坂瓊は同胞であった。しかし、660年前八坂瓊が力を求めるあまり、禁断の力・オロチの力に手を出して八神を名乗ってからは忌むべき敵となった。

何度も聞かされた話だ。が、当年20そこそこの京にとって660年前はあまりに遠い。関係あろうはずがなかった。

しかし、いま、目の前に敵として八神が立っている。

妙なもんだ。喧嘩ってのは吹っ掛ける人間がいればよっぽどのことがないかぎり成立するんだな。

そう思って京はニヤリと笑った。

誰も合図はしていないのにしかけたのは同時だった。

京の手から闇払いの炎が地面を這って滑っていく。だが、その行く手には同じような炎が走っていた。違いは炎の色のみ。それは「闇払い」の名に反して闇と同化し闇自体を含んでいるような紫だった。

その闇払いと同じぐらいの恐るべき速度で八神自身がつっこんでくる。姿勢の低い独特の恰好はまさしく蛇を思わせた。

掴みかかる腕、その先の鋭い爪。

京はとっさに膝を曲げ、構えた手のひらに炎を生み出すと、その腕を上方に振るいながらジャンプした。

京の赤い炎が八神の顔をなめる。

が、相手は怯まなかった。

不発。

つかみかかる八神の前に無防備にジャンプしている自分がいる。

やばい。

とっさに低い姿勢の相手の肩を蹴ってその反動で後ろに飛ぶ。

着地点に八神が振り下ろした腕の先があった。手のひらから小爆発といっていいほどの勢いで紫の炎がまわりに飛び散る。

「っつーっ」

蹴られたせいか狙いをそがれたその爪が京の脛をわずかに裂いた。

血がにじむ。

八神はそこでとびすさって姿勢を起こし、京の血の付いた自分の指先でそっと自分の唇に触れると、ニタリ、と笑った。

京はやっと気づいた。

八神庵は喧嘩をしにきたのではない。殺しあいをしにきたのだ。

冷たい汗が背中を流れ落ちる。

が、それ以上に理不尽だ、という怒りのような疑問のような思いがふつふつと浮かんでくる。

「おい、八神!ご丁寧に「両家の確執」ってやつにしたがうつもりか?!言っとくが俺には関係ねぇぜ、そんなもん!俺を倒したってお前が倒れたって何にもなりゃしねぇだろうが!」

京はたしか、そう叫んだ。いらだったような表情で俺を睨んだ。

ホテルのベッドに腰掛け、八神庵はぼんやりと思いにふける。

便宜上のチ−ムメイトはやはり便宜上でしかなく、それぞれの部屋に引き上げている。

京の叫びに対して庵はほとんど無意識のうちに答えていた。

「分かっているさ、京……」

そうだ、八神と草薙の確執など全く関係ない。

だが、京と対峙したときに沸き上がってくる鬱屈した躍動感が庵を突き動かさずにいかない。全身の血が熱に浮かされたようにドクンドクンと脈打つ、それは麻薬のようであった。その暗い情熱の原因が「八神」の血のせいなのか「オロチ」の血のせいなのか、それは庵自身にも分からない。

そして、俺はそれを楽しんでいる。

喜び?いや、それよりも「狂喜」という言葉のほうがお似合いだ。まさに狂った喜び。

そして庵は自分自身さえも嘲るような笑みを浮かべる。

わからねぇ、いや、分かってやらねぇ、と京の顔が言っている。

それすらも庵には楽しい。

神楽ちづるは首を振り憂いの表情を浮かべた。

もう、見るべきものは見た。

「まだなの……?」

姉に問うたことがある。

「草薙と八坂瓊に協力を求めないの?そうしなければ……」

姉は口をぎゅっと真一文字につぐんでゆっくりとけれど否定を許さない調子で首を振った。

「わかっているでしょう、あなたにも。八坂瓊はいまだにオロチの力に囚われたまま。そして草薙にそんな八坂瓊を受け止めるだけの力量がない」

そこで声の調子を少しだけ柔らかくして姉は言った。

「だから、今は私たちにできることを。倒せなくてもいい、時を稼ぐだけで。必ず成長してくれる。それを信じて。ね?」

その姉はもういない。

神楽家の双子が代々護りつづけていたオロチの封印は破られてしまった。

敵が動きだす時は近い。なのに。

「信じていいの?」

いいえ、あなたたちには私を信じさせる義務がある。姉さんは信じたまま逝ったのだから。

かたく、かたく口を結んでちづるはきびすを返した。

平成10年1月7日

Author's Note

時間軸がむちゃくちゃの話で分かりづらいかなぁ.

いちおう説明すると,
今日→昨日→今日→昨日→ずっと前→昨日
という流れです.

あ,ベースは95っす.


こいつは群青さん,careさん,私Sousuiによる企画物の作品のうちの一つ.

どういう企画だったかというと,「作品中に『分かっていたさ,京……』と呟いて自嘲的な笑みを浮かべる庵を登場させる」というもの.

なんでそーいうことになったかというとちょっと長い話になる.

ある日careさんところのチャットでぼーっとROMってると群青さんがやってきた.

ちょうどその頃,群青さんが「京と庵が一緒に肉まんを食う話」(=『青年期の悩みにおける傾向と対策・八神庵の場合(傾向篇)』のこと)を発表していたので私は感想を言っていた.

Sousui
京ちゃんの方はなんか庵と仲良くなりたそうだけど庵がいやだってんならしょうがねーか,って感じですね.で,庵の方はうすうす似た者同士だって事は分かってるけど否定したいというか……
群青
そうそう,そんな感じなんです.どうしても認めるわけにはいかないというか.
Sousui
あ,思い付いた.
群青
なんですか?
Sousui
庵の最期.
群青
えー!? どんなのですか?
Sousui
「分かっていたさ,京」といって自嘲的に笑うの.
群青
それ,ちょっといや〜んな感じ.
Sousui
おもしろそうだな,その一文組み込んでいろんな展開書くの.好きなんですよ,そういう言葉遊びみたいなの.
群青
やりましょうか.

まあ,細かい言葉づかいはともかく,こういう話の流れのときにcareさんがやってきた,と.

あれ? そうなると,言いだしっぺは私か.そのくせ一番最後,それもだいぶ後になってから課題提出してるし.むぅ.


御三家のそれぞれの立場を書いてみようか,と.「三者三様」とか「てんでんばらばら」とかいう意味の題名つけて.

でも,書き出しが思い付かなかったんですよね.

で,ぼんやり自転車に乗ってるうちに「Next DJ Station -前夜-」に話しが化けてしまったわけです.

でも,ありゃーちょっと反則な気がしてたんでノーマル版も書かななぁと思ってたんですよ,ずっと.ところが,ネタはあり,筋はあるんだけど,書き出しが決まらない.

で,ほったらかしてたんですが,正月に実家に帰って暇だったある日,紅茶の飲みすぎで眠れず,布団の中で寝返りをうつのを繰り返してたら思い付いたんでやっとのことで書いたんです.


さて,八神君の事ですが,私はどうして彼が執拗に京を狙うのか,まったく分かりません.ぜんぜん理由なんてないじゃないですか.

所詮は「主人公のライバルがいたらおもしれえだろう」ぐらいの考えで生み出されたキャラクターなんだろうなと思っちゃうわけです.

でなかったら彼は単なるワガママ者です.

私の描く八神君が不透明で良く分からない人間なのはその辺に原因があるのでしょう.

あ,石 投げないでぇ〜.