いいにおいが鼻孔をくすぐる。
俺は起き上がって伸びをした。
「よく寝てたね」
リリィが笑いかけてくる。いつのまにか寝ていたらしい。
もうあたりは真っ暗だ。
「お兄ちゃんのボスはいつ来るの?」
訊かれてからしまった、と思った。そうだ、何にも伝えちゃいなかった、何にも。いつ来るつもりだろうか、あの人は。
「すまん・・・分からない」
ったく、向こうも向こうだ。それぐらい気づけよ。天下のギース・ハワードも抜けてるもんだ。俺は半ば責任転嫁してみたが・・・どう考えても俺のせいに違いない。
「困ったなぁ・・・お料理冷めちゃう」
「ごめん」
俺は平謝りだ。
そのとき、だ。
チャイムの音がした。
いいタイミング。
「はーい!」
「はい!」
俺達は同時に答えていた。
これで郵便屋かなんかだったらぶち殺す、と不条理なことを考えながら急ぎ足で玄関に行く。
覗き窓から確認する。
よし。
俺は新たな殺人を犯さずにすんだ。
そんなわけだから、俺がギース・ハワードに向けた笑みってのはまんざら嘘じゃあなかった。
相手は灰みがかったベージュ色のトレンチコートを着てつったっていて、手にリボンのかかったシャンパンを持っていた。そして、リリィが不安そうに出てくると、笑みを浮かべてみせた。
よし、外交用ギース・ハワードだ。
「ミスター、これが俺の妹のリリィです。リリィ、こちらがお兄ちゃんのボスのギ・・・」
俺は躊躇した。
「ギルバート・ロックウェルです、よろしく、ミス・カーン」
そつなく答える。さすがだ、こういうとこは。
「はじめまして、ミスター・ロックウェル」
「ささやかながらプレゼントです」
そういうとミスターはリリィにシャンパンを渡した。
「お料理並べなくっちゃ」
ボトルをかかえてリリィがひっこむ。
俺はコートを持ってやろうと手を差し出した。
「ありがとうございます、ミスター」
当然のように俺にコートを渡しながらミスターは言った。
「物好きだな、お前も」
物好きなのは俺じゃないですよ、ミスター。俺じゃなくてリリィとあんた自身だ。
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