──結局その晩は遅くまでずっと妹と話をしていて、翌朝も食事をしながらずっと話し込んでしまって、危うく遅刻しそうになった妹を単車の後ろに乗せて学校まで激走してきた。 昨日の黒雲はどこへやら、上機嫌でビリーはそう言った。 例のごとく極めて冷静に発言すると、リッパーは『ビリー・カーン』の名前の横に赤字で『遅刻』と書き付けた。ビリーが目をむく。 ひんやりリッパーが言い切る。ビリーの額に青筋が浮かんだ。 シュッ! 三節棍が飛んだ。だが、その一撃はヒットしなかった。 かつうん、という固い音と共に、衝撃がビリーの腕に返ってくる。リッパーの手の中に光る、正に殺傷以外に用途などないであろう、完全に実戦仕様の小さなナイフが、三節棍の一撃を見事に受け止めていた。 ビリーの額の青筋が増える。サングラスの向こうのリッパーの目が氷河期を映した。 短いながら、すさまじい乱打戦の開始であった。 秘書相手ということで、ビリーは確かに多少手加減していた。だがリッパーは、ビリーの繰り出す攻撃をことごとく受け止めるかさばいてしまい、かすらせもしない。 むっとしたビリーが本気になるより一瞬早く、リッパーは素早くビリーの背後に回り込むとその首筋にナイフを押し当てた。 低くリッパーは宣告した。 舌打ちなどし、ビリーはひらひらと手を振った。すたすた歩き出してから、肩越しに振り返ってリッパーに視線をくれる。手で銃を形作り、こめかみあたりに押し付ける。 にやりとして、ビリーは言い放った。 軽いウインクを残し、彼は部屋を後にした。リッパーはふう、とため息をついた。 そっと薄い刃をなでてやると、それはぴしりと乾いた音を立てて真っ二つに折れた。 もう何戦目か数えてもいないが、今日のところも引き分けといったところであった。 ホッパーはご機嫌だった。 毎朝、日課のようにワンセットやってくる神経衰弱。今朝最後まで残っていたペアは、ダイヤとクラブのWエースだったのだ。 財産と豊饒を意味するとかいう二つのマークが揃ったことに、なんとなく幸先の良いものを感じてしまえるところが、リッパーやビリーに彼をとんちき呼ばわりさせる所以でもあった。 足取りも軽く、ホッパーは領収書片手に廊下を歩いていた。 執務室のドアが開いて、ビリーが出てくる。ホッパーは元気良くごあいさつをかました。 再び始まる睨み合いであった。 ホッパーはガン・ユーザーである。リッパーやビリーのような、近距離もしくは中間距離からの攻撃には対応が難しい。はずであった。 ビリーが棍を構える前に、ホッパーはにひゃっと笑った。 微妙に意味の違うヤバさを醸し出しているその一言で黙り込むあたり、流石に昨日の今日ではビリーの強気はもろかった。 うきうきしているホッパーに言ってやると、ホッパーはもはや完全に忘れた様子で一枚の請求書を差し出した。 請求してきた相手に思い当たり、ビリーは請求書を握り締めてダッシュを開始した。 廊下の彼方でビリーがすっ転んだ。顔面で絨毯を2・3mばかり削っていく。跳び起きるなり、彼はぶち切れたゴムのごとき勢いでとって返してきた。 普段ならばそこで棍の一撃くらい飛ぶのだが、流石にビリーはぐっと堪えた。ホッパーは懐から出した手帳を繰り、ちょっとばかり首をかしげて尋ねた。 大層な剣幕で詰め寄ったビリーだったが、手帳にドリンク指定の旨さらさらと書き付けて、自分のペースを保ったまま丁寧に敬礼までして応えるホッパーに、「……こいつ、天然?」とか思う。 再度ダッシュを始めたビリーを見送りつつ、「絨毯が痛むから兄貴は走っちゃダメですよ」と言おうとし、ビリーのやる気に水を差すこともないかと思い直して言うのをやめたホッパーは、やはり妙にとんちき君であった。 |