焔の幻影
―フレイム・ミラージュ―
○八神庵 『いかに二人で生き抜くか』
赤い髪に炎が映えた。無言で女を背にかばう。
「ば……ばか!やめなさい、やめて!」
「……馬鹿はないだろう」
軽口をたたく。振り向いた顔が拗ねてみせ、そして楽しげにさえ笑ってみせた。
「俺は八神の頭領だぞ。こんな、たかが油が燃えてる炎になど負けん」
女のほうに向きなおる。招くように、抱くように片手を差し出す。
「だから、だ。俺が守ってやる。おまえは危険だからな」
差し出された手をとった女を抱きよせ、細い肩を抱きしめる。
「じっとしていろよ。火傷は痛むぞ」
優しく耳元にささやく。
「心配するな。おまえは俺が守る」
守ってやる。
繰り返されたささやきに包まれ、女はなぜだか安堵して目を伏せた。
朝っぱらからというか新年からというか、庵は微妙に不機嫌だった。
初夢からしてばか呼ばわりである。不機嫌になって何が悪い、と彼は思っているのだが、それがほころびかける口元を制する為の思考の働きであるとまでは考えが及ばない。
「……せっかく守ってやると言ってるのに、ばかとは何だばかとは」
因果関係の順序がずれているのは故意か否か。庵の夢から一連の独り言まで、すべてを聞いている第三者がいれば、拗ねているのかと言われて当たり前のようなことをぶつぶつと言い続ける。
「……フン。京の初夢など見るくらいならおまえの方がずっとましだからな。許してやるさ」
偉そうに宣告する。彼女が見れば、苦笑するに違いなかっただろう。
すい、とカレンダーに目をやって、予定を確認する。
「文句のひとつも言ってやる。……だから、いつ逢える?」
問いかけのように発せられた声は優しく、期待とわずかな不安が入り交じって微妙な響きをかもしだしていた。
庵はしばしためらって、受話器に手を伸ばした。
| 同時刻 ロバート・ガルシア || 同時刻 リョウ・サカザキ |