月島ァという声が聞こえて、椎久飛男は廊下の向こうを振り返った。見れば、ちょうど軍服をかっちり着込んだ小柄な軍曹が角を曲がって来たところで、月島ァの声は、鯉登少尉のものだろう。
少尉殿の「月島ァ」は聯隊内では語り種だった。なにせ、日に何度かはいろんな調子の「月島ァ」が聞こえてくるのだ。案の定、月島軍曹が現れた角に鯉登少尉も姿を見せ、険しい顔でこちらを見ている。だが、月島は振り向きもせずに椎久の方にやってきた。
「待たせたな、椎久一等卒」
「いえ、問題ありません。――あの、少尉殿の方は良いのですか?」
鯉登の声は、はたから聞いても分かるほど懸念の調子を含んでいる。
「いいんだ、きりがない」
横を通り抜ける古参の軍曹に、椎久は慌ててついていった。兵舎から出る前に、ちらっと後ろを振り返ると、少尉はまだ難しい顔をしてこちらを見ている。椎久でさえ気付くぐらいなのだから、月島本人が鯉登の声から滲み出る物に気付いていないわけがない。だが、月島は前を向いたままで歩調を崩す様子がなかった。不敬な態度と言えば不敬な態度なのだが、古株の連中の話によると、月島軍曹は鯉登少尉が士官学校を出て旭川に来た時からの教育係で、「月島ァ」はその頃から始まっているらしく、軍曹は必要が無いと判断すればしばしば適当にあしらうことがあるのだという。
実際、鯉登少尉が月島軍曹を呼びつける頻度は、他の少尉・軍曹の組み合わせと比べてはっきり多いので、月島軍曹の態度も分からないではない。だが、今回は鯉登少尉が心配するのも順当なのではないか、と椎久は密かに思っている。
椎久が大隊長に呼び出されたのは、一週間前のことだった。そもそも、一等卒が一人で佐官に呼び出されること自体がおかしかった。しかも、その呼び出した少佐というのが何かというと怒鳴り散らすと評判の人物で、もう、その段階で厄介ごとの予感しかなかった。心細く思いながら出頭した執務室で告げられた命令がまたおかしく、つい椎久は訊き返してしまった。
「自分が、でありますか」
「そうだ」
「月島軍曹殿に同行して、小樽に行け、と」
「そう言った」
「しかし、私は月島軍曹殿の内務班ではありません」
執務机の向こうに座っている大隊長の顔は、椎久が何か言うごとに不機嫌そうに歪んでいったのだが、とうとうそれが自分を睨み付けるに至ったので、椎久は口を噤んだ。
「貴様はこの私に口答えをするのか」
「いえ、月島軍曹殿のことは、あまりよく知りませんので、自分で務まるものかどうか......」
言い訳には自然と不安が滲んだが、なぜかその態度はお気に召したらしく、大隊長は何度か頷いてしたり顔で顎を擦っている。
「月島軍曹に不安を覚えるわけか」
「その......もちろん、命令なら懸命に務める所存です」
「うむ、実はな、違う班のお前に命じるのは、手心を加えてほしくないからだ」
「手心、でありますか」
「そうだ。小樽で札幌第二十五聯隊と合流し、港で物資を受領して汽車で師団まで運ぶ、それが今回の任務ではあるが、お前には他に大事な使命がある」
「使命、でありますか」
「ああ」
そこで大隊長は右手のひらを上に向けて軽く手を握り、近くに寄れというようにくいくいと椎久に向けた人差し指を動かした。素直に一歩執務机に近寄り、腰を屈めて顔を近づけると、大隊長は他に誰もいないというのに、声を潜めて言った。
「月島軍曹から絶対に目を離すな」
言われたことが分からず、椎久が固まって瞬いていると、大隊長は顔を離し、背もたれにすっかり体重を預けた。また不興を買うかもしれないと頭の隅で思いつつ、訊かずにいられなかった。
「あの、それはどういうことでしょうか」
大隊長は、椅子をくるりと回転させて椎久に背を向け、窓の方を見ながら言った。
「そのままの意味だ。何をしたか、どこに行くか、全部見張って全て報告しろ」
「止めなくて良いのでありますか?」
そこで大隊長は九十度ほど椅子を回転させ、横目で椎久を見ると、
「無理だな」
と決めつけた。それから、もう九十度椅子を回転させて元の通り椎久の方を向くと、もったいぶった調子で言った。
「お前を選んだのにはもう一つ理由がある」
「......」
「詳しくは言えんが、月島軍曹にはアイヌに仇為す行為があったという疑いがある」
「アイヌに」
「本来、アイヌの持ち物であるはずの物を奪おうとした疑いだ」
「......私に見張りを命じる理由は、私がアイヌだからですか」
「そうだ。同胞からの搾取だ、貴様なら特に思うところがあるだろう?」
「......」
椎久は拳を握りしめた。そもそも和人に何かを奪われなかったアイヌを椎久は知らない。
大隊長は椅子にふんぞり返ってさらに言った。
「いいか、お前が思っているより、これは大きな物が絡んでいる。それを明るみに出したいという意図もある。だから、余計なことはするな。とにかく、四六時中離れずに全て報告しろ」
「はい」
「あと、くれぐれもこの命令は漏らさぬように」
「了解いたしました」
「よし。では、下がれ」
「はい」
感情を微塵も出さずに椎久は戸口で一礼し、部屋を出た。
解放されるなり椎久は急いで自分の大部屋に戻った。消灯が近かったが、班長を探しに下士室に行くと、班長殿は班長殿で大隊長に呼び出された椎久のことを気にしていたらしく、すぐに椎久を招き入れてくれた。
「何の用事だった、大隊長殿は」
「月島軍曹殿に同道として小樽に行けということでした。第二十五聯隊と合流して港で物資を受領しろとのことであります」
兵営を離れるのだ、ここまでの命令は言ってもいいだろう。逆に言わずに出て、脱走などと言われてはどんな目に合うか分からない。とにかく、公用だということは認めてもらわなければならない。
「なぜ俺の班の所属なのにお前が」
「分かりません。自分も訊いたのですが、口答えするのか、と不機嫌になってしまわれて」
話を濁して伝えたが、班長は渋い顔をしただけで、さらに問い糾すことはしなかった。それがあの大隊長が隊の中でどう思われているのか示している。
「班長殿。月島軍曹殿はどういった方なのですか。大隊長殿は何か思うところがあるような口ぶりだったのですが」
椎久が月島について知っていることと言えば、同じ中隊ではあるが別の班であることと、鯉登少尉によく呼びつけられているということぐらいである。日清・日露に従軍した古参だと言うことは知っていたが、入隊して二年目の椎久が知っていることはさほどない。
椎久が若干不安そうにしているのを感じたのか、班長殿はすぐにひらひらと手を振った。
「月島はそんなにおかしな奴じゃない。それより、大隊長の方がめんど――」
言い過ぎたと思ったのか、班長殿は言葉を止め、仕切り直すように椎久に言った。
「まあ、言われたことだけやっておけ。変な色気を出すと馬鹿を見る。それで、出立はいつだ」
「一週間後の月曜日であります」
「帰営は?」
「その週の水曜日の予定ですが、天候に寄るということでした」
「分かった。公用の手続きはしておく。出る前に公用証を必ず取りに来い」
「はい。あの、」
「なんだ」
班長殿に視線を向けられたところで、椎久は言いかけた言葉を止めてしまった。アイヌに仇なす行為の意味を聞きたかったのだ。だが、その詳細を班長殿が知っているかどうか分からなかったし、また、それを口にしてすんなりと教えてもらえるものなのか椎久には判断がつかなかった。結局のところ、この人も和人で自分はアイヌである。
「......いえ、できる限りを行います」
「ああ」
そういう遣り取りがあって出立の日になり、今朝の食事後に問題なく公用証をもらえたので木札を大事に右胸に仕舞いながら、騙されたわけでも陥れられたわけでもないようだ、と椎久はほんの少しだけほっとしていた。だが、鯉登少尉が口元を引き結び、厳しい顔をして二人に向ける視線を背に受けていると、微かな不安が再び頭を擡げてくる。
曇り空だった。十月の旭川は晩秋である。日が照っていないと寒さが外套の中にも忍び込んでくる。
聯隊の門を出ると、練兵場では椎久と同じ班の兵卒が号令に従って同じ動きを何度も繰り返していた。そちらに混じらずに道を歩いているのは妙な気分だった。
練兵場の方に向けていた目線を、前を行く月島軍曹に向ける。師団の敷地が大半を占めるこの辺りでは、兵が外出を許可される日曜以外はそんなに人通りは多くない。後ろからついて歩きながら、椎久は件の軍曹殿を上から下まで眺めて首を捻った。その姿はずいぶんと小柄で、背丈は人より大柄な自分の肩より下だろう。自分の方が上背はあるのに、大隊長が言下に「止めるのは無理」と言ったのが解せなかった。
門を出てすぐの二七角の乗り場で手を上げ、馬車鉄道を停めて乗り込む。たまたまなのか、月曜の朝はいつもこんなものなのか、他に乗客はいなかった。誰に見られるわけでもないのに、月島はぴんと背筋を伸ばして座席に座っている。自然、椎久も気を抜くわけに行かず、ぴしりと姿勢を正して座り続けた。
すぐに分かったことだが、月島軍曹は思ったより物静かな人だった。考えてみれば、月島の声が聞こえるのは号令を掛ける時ぐらいだったし、そもそも賑やかな印象を覚えていたのは鯉登少尉の「月島ァ」であって、月島自身ではない。特に会話は無いが、上官と部下の関係だ、公務の最中なのだと思えばそれが普通だろう。
旭橋を越えた辺りから乗客が増えてきた。そこから店の並ぶ師団通りを通って旭川停車場で馬鉄を下りたのは一〇時過ぎだった。買い物客が集まってくる頃合いで、停車場前の広場はさすがに人が多かった。土を踏み締め広場を横切り、改札を抜けて赤い帯の三等車両に乗り込む。座席に並んで座ると、ほどなく汽車は動き出した。座席はそれなりに埋まっていたが、満席というほどではなかった。月島が窓側に座ったが、小柄なせいもあって椎久からも窓の外がよく見える。
旭川を出ると列車は師団への引き込み線の出る近文駅へと向かう。物資受領だというのになぜ練兵場の引き込み線からの出立ではなく、なぜ二人しか出ず、なぜ札幌二十五聯隊と合流になるのか。考えれば考えるほど不安の種ばかりが思い当たる。椎久は隣に座る軍曹にちらりと目をやった。月島は表情を浮かべず外を眺めている。
――この人を泳がせるためなのか?
軽い不安を無理やり心の隅に追い遣り、月島の視線を辿って椎久も外を見た。
――チカプニ・コタン......
自分の生まれた土地を眺めながら、大隊長の言葉を思い出して椎久は憂鬱になった。
椎久は、近隣のアイヌが集められてチカプニコタンができてから生まれた最初の世代である。親世代に複雑な思いがあるのは感じていたが、自身はチカプニに愛着がある。だが、給与地と定められたこの土地さえ和人の投機家に取り上げられそうになり、不安定な行く末に気付いたのが少年の頃だった。その動きの原因になったのが、そもそも第七師団の移駐による地価高騰のせいなのだから、そうしてみると、「徴兵」されてその第七師団にいる自分はなんなのかと滅入る物を感じ、ちら、と小柄な軍曹殿を見る。月島の顔には先ほどと同様、何の表情も浮かんでいなかった。
――それはそうだ。
滅入るのは自分がアイヌだからであって、この風景からそんなことに思い当たる和人などいるわけがない。最初から特に期待しているわけでもなかったが、奇妙に落胆している自分がいることにうまく折り合いを付けられないでいる。
汽車は石狩川に沿って走っている。近文駅、伊納駅と、進むほどに街は遠くなり、景色は山の中になる。川が蛇行し急流の存在を示す激しい音が窓の外から聞こえてきた時、
――カムイコタン......
「カムイコタンというのは」
自分の思考とまさに同じ単語が音で聞こえて、椎久はビクッと体を揺らした。その動きを不審に思ったのか、月島がこちらを向いた。慌てて椎久は聞いているという印に返事をした。
「はい。カムイコタンがどうかされましたか」
「神の住まう場所ということだろう?」
「はい。神の集落とか神の里とかそういう意味になります」
「前から思っていたが、随分険しい場所だな」
コツコツと月島が軽く握った拳、人差し指の関節で窓を叩いた。外は荒々しく削れた岸や大岩が目立つ激流である。
「ここに住まうのは魔神で、人の乗る舟を転覆させると言い伝えられているのです」
「畏れられていた場所というわけか」
「はい」
減速をしていた汽車が神居古潭駅で軋むように止まる。外を駅辨売りが歩いていて、昼にはまだ早いが、汽車に乗る前に買い求める者もいる。〈神の住まい〉はちょっとした観光地になっていて、宿が数件あるのだという。実際、難所は難所だがこの時期は紅葉が美しい。
椎久はよく分からなくなる。急流に飲まれる者が後を絶たないが故の畏敬の地が観光地となるのは良いことなのか悪いことなのか。畏敬の地が畏敬の地のままであるには、いつまでも危険であれということで、死人が出るのも已むなしという考え方になるのだろうか......
〽雪に若葉に紅葉に
甲高い歌声が外から聞こえている。月島軍曹が不審げに窓の外を見た。
「聴いたことがある節だな」
〽風景すぐれし神居古潭......
それは流行の歌のように聞こえた。
「『鉄道唱歌』ではないでしょうか」
「『鉄道唱歌』?」
外を歌声が過ぎていく。どうやら、父と子の親子二人連れのうち子どもの方が歌っているらしい。いったん遠ざかっていった歌声は、思いがけず今度は車内に響いてきた。そろそろやめなさい、と言いながら車両端の扉を開けた父親がきょろきょろと車内を見回している。厚手の布で作られた着物の上に洋風のコートを着た父親は、中折れ帽姿も様になっていてどちらかと言えば街で暮らす者のように見える。男は座席の空きを見計らうと、子どもの手を引いて椎久と月島の前にやってきて帽子をやや傾けて会釈し、子どもを窓の方に座らせた。子どもの方は着物の上に赤ゲットの外套を着た男の子で、寒い外から車内に入って頬が紅くなっている。騒ぐようなことはなかったが、軍服姿の二人が物珍しかったのか、きらきらした目でこちらを見上げた。
と、思いがけず、月島軍曹がにこりと子どもに向かって笑みを作ってみせた。今までの仏頂面はどこに行ったのか、はっきりとした笑顔であったので、椎久は驚いてぱちぱちと瞬きをし、急にあたふたと自分も親子に向かって会釈した。
袖章を見た子どもが、軍曹さん?と尋ね、月島が愛想良く、そうだ、と答えているのを、椎久は唖然と眺めている。同じ班ではないので為人は知らなかったが、この人は子どもが好きなのだろうか。
「さっきの歌はどう続くのだ?」
月島に尋ねられて、一瞬、よく分からなそうな顔をした子どもが、すぐに気がついて口を開く。
〽こゝに地形は狹まりて 上川原野ぞ開けゆく
聞きながら外の景色を見た月島が、なるほどな、と言うのと同時に汽車がゆっくり動き出す。
「その歌は日本中全部歌詞があるのか」
「分からないけど、たくさんあるよ。内地とか、九州とか、四国とか、いっぱい」
「そうか。俺は新橋から出られない」
「?」
いぶかしげな顔になった子どもを見ながら、月島が口を開く。
〽汽笛一聲新橋を
銹びた声だった。思いがけないぐらいには良い声と言ってもよかった。だが、歌声はその短い一節で唐突に止まった。聴いていた子どももその親も椎久も、しばらく続きを待ったが、歌はそれっきりで続く様子がない。とうとう子どもがおっかなびっくり訊いた。
「続きは?」
月島は姿勢を正したまま真顔で言った。
「この続きを知らないから、いつまで経っても新橋から出られない」
ふふ、とはじけるように子どもは笑い、得意げに続ける。
〽はや我汽車は離れたり
愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として
「案外風流なものだな」
「ふうりゅう?」
「上品というか、趣があるというか」
月島の方は子どもに通じるか迷うような口調だったが、子どもは相手してもらえたのが嬉しかったらしく、人懐っこく尋ねてきた。
「軍曹さんはどこの出身?旭川で生まれたの?」
「いや。こっちの一等卒はそうだが」
「え?あ、はい」
自分に振れられたのも、自分がチカプニの出であることを知っていたことにも驚いて反応が遅れた。子どもは一度椎久を見上げてから、もう一度月島の方を見た。
「じゃあ、軍曹さんはどこ?」
なぜか月島は渋いような微妙な表情になった。
「内地だ。内地の真ん中辺りにある島だ」
「どこ?」
月島はやや重たげに口を開く。
「......佐渡島という所だが、佐渡には――」
皆まで言う前に子どもは口を開いていた。
〽佐渡には眞野の山ふかく 順德院の御陵あり
松ふく風は身にしみて 袂しぼらぬ人もなし
「あってる?この佐渡?」
「ああ......」
口を曖昧に開いた状態で固まっていた月島が、子どもに尋ねた。
「佐渡に鉄道が通ったのか?」
「知らない。でも歌にはあるよ」
そこで父親が苦笑しながら言った。
「あんまり調子に乗らせないでください。下手すると最初から最後までずっと歌ってる。深川まで着いてしまいますよ」
「そんなにあるのですか」
「そのようです」
「全部覚えているとはたいしたものだ」
父親に向かって口を尖らせていた子どもは、月島が褒めると自慢げに肯いた。
「でも、汽車の中だからな。聴かせてもらうのはここまでにしておこう。ありがとう」
うん、と頷いて口を噤んだあたり、もともと素直な質なのだろう。
親子連れは瀧川で降りていった。窓の外からこちらを振り返った子どもが手を振るのを、月島は軍帽を少し持ち上げ愛想の良い笑みで見送る。それを、椎久はやはり信じられない気分で見ていたが、子どもが見えなくなった途端、今までの笑顔はどこにいったのかというほど、すん、と表情を消して月島が座席に座り直したので、危うく吹き出しそうになった。どうやら、軍曹殿はなけなしの愛想を掻き集めていただけらしい。どやしつけられたくはなかったので、辛うじて吹き出しはしなかったが。
昼を過ぎて、そういえば昼食はどうするのかと思い出した頃に砂川に着いた。線路の上をまたぐように橋が架かっているのが珍しく、椎久はその橋をなんとはなしに眺める。乗り換えのためか大きな町なのか、乗り降りする人が多い。窓の外を駅辨売りが呼び込みをしているのが見える。
「食べるか?」
急に言われて椎久は咄嗟に頷いた。小樽に着くのは日暮れ時だ。食べていいなら食べておきたい。駅辨売りを呼び止めようと、月島が立ち上がって窓枠に手をかけたのを見て、椎久は、自分が、と月島を止めた。
「奢ってやる。二つ買ってくれ」
「はい」
両手を広げて窓枠を下から持ち上げると、外から冷気と共に木材の香りが入り込んでくる。椎久は駅辨売りを呼び止めた。
「二つ頼む」
「はい。お茶はどうします?」
「軍曹殿、いかがいたしますか」
「頼む。お前も要るなら頼め」
「はい」
遣り取りを聞いていた辨当売りは、ちゃっかり既に土瓶を用意している。椎久が弁当二つと土瓶を二つ受け取ると、弁当売りは代金をもらおうと手を伸ばしてくる。椎久が月島の方を見ると、これがなぜかごそごそと体をまさぐっている。上衣の物入を確かめ、少し首をひねり、今度は背嚢を開けたり雑嚢を弄ったりし出したので、椎久はだんだん心配になってきた。もしかして自分が出さなければならないのでは、と思った頃に、ようやく月島が財布を雑嚢から引っ張り出した。
「これで足りるか」
「はい」
急いで代金を渡してお釣りを受け取るなり、汽車が動き出したので、ふう、と椎久は息を吐いて、月島の向かいに座り込んだ。向かいからも同じように、ふう、と溜め息が聞こえて椎久が顔をあげると、月島の方もほっとしたような顔をしていたのだが、椎久に見られていることに気がつくと、すい、と表情を消した。弁当を二つ抱えたままだったと気がついて、椎久が慌ててお釣りと弁当と土瓶を渡すと、月島は何も無かったかのようにそれらを受け取った。
ついつい、椎久は笑みを浮かべてしまい、はっとなって慌てて真顔を取り繕った。小柄な軍曹殿は椎久をちょっと見ただけで、睨むようなことも怒鳴るようなこともなく、弁当をあけてそのまま食べ出した。
椎久もぱかりと弁当を開け、ぎゅうぎゅうに詰まったご飯に箸を入れる。向かい合わせで黙々と食べるのがなんだか楽しくなってきて、しばらくもごもごやってから、椎久はちらっと月島を窺った。健啖な様子を発揮して、小柄な軍曹殿の弁当はもう空に近い。話しかけてもいいような気がして、椎久は小声で訊いてみた。
「軍曹殿」
「なんだ」
「順徳院というのは何ですか」
「ん?ああ、さっきの歌か。大昔の天皇だそうだ」
天皇と言われた時に、もしかして和人の間では当たり前の知識で拙いことを訊いたかと思ったが、月島は罵倒するでもなく淡々としている。ほっとして、さらに訊いてみる。
「御陵というのは?」
「墓だ」
ちょっと考えてから椎久は訊いた。
「大昔は、佐渡というところに天皇陛下が住んでおられたのですか?東京みたいな場所だったのですか?」
月島はちょっと眉を上げ、ほんのちょっぴり口を曲げた。それは皮肉げな笑みに見えなくもない。
「いや。佐渡は流刑地だ。順徳院は京都から追放されたとか聞いた」
よく分からなくなって椎久は眉を寄せて考えた。それから、恐る恐る小声で訊いてみる。
「天皇陛下も罪人になるのですか?」
月島は椎久を見詰めて、ぱちりぱちりと二度ほど瞬いた。ああ、今度こそ怒られると思った時、月島が思いがけず小さく笑った。
「面白いことを言うな、お前」
閃いた笑みは瞬く間に消える。
「正確にどういう罪なのかは知らん。政争に負けたとかそういう類いのものだろう」
突き放したような言い方だ、と思った。和人はみんな天皇陛下を崇め奉っているのだと思っていた。入隊の時によく分からないまま御真影というものに敬礼をさせられたから、てっきりそういうものだと思っていたのだ。勝った側が今の陛下の祖先だから、政争に負けた側は別に崇めなくても良いということなのだろうか。
月島は会話に興味を無くして、窓の外を眺めている。
椎久は弁当を食べ終わり、土瓶から茶をいれて口に含んだ。
そのまましばらくは向かい合わせに座っていたが、岩見澤で混んできたので詰めた方がよいだろうと、再び椎久は月島の隣に座った。物静かな軍曹殿は、椎久がどう動こうと理不尽に怒るようなことはない。途中で眠気に襲われ、さすがに眠るのはどうかと思って必死に目は開けていたが、案外眠っても怒らなかったのかもしれない。
日が傾いてきた頃、駅に着く前にと便所に向かう。便所の穴から線路に敷かれた砂利が流れ去って行くのが見える。冷気混じりの風が入り込んできて、椎久はぶるっと身震いした。風にあたりながら小用を済ますとさすがに目が覚めた。
――札幌か。
札幌には二十五聯隊の兵営がある。受領の予定はもともと明日で、必ずどこかで宿泊することになる。なのに、なぜ札幌で合流しないのだろうか。確かに、第二十五聯隊の衛戍地は札幌停車場からは離れた場所だとは聞いているが、兵隊二人だけ小樽で宿泊させるより月寒の兵営に泊めてしまう方が経費も浮くのではないだろうか。経費など微々たるものだというのなら、中間地点の岩見澤で途中下車してそこで宿泊でも良かったはずだ。その方が旅程にはよっぽど余裕が出る。岩見澤・小樽間は汽車の本数も多いようだし、物資の受領は明日の十時なのだから十分間に合うだろう。命令であるからにはどんなに時間が掛かっても移動はするが、今日中に小樽に着いていなければならない理由が分からない。命令がいつでも合理的かと言われれば確かに理不尽な事の方が多いのだが......
席に戻ると、軍曹は腕組みをしながら窓の外を見ている。
――この人を、小樽で泳がせるのが鍵なのだろうか。
巻き込まれてしまったようで不安でもあり、また、月島軍曹にはここまでの道中で嫌な思いもしなかったので後ろめたくもある。
椎久は溜め息を吐きたいのを押し殺して、再び月島の横に座った。
札幌を出ると、琴似、輕川と平坦な土地が続いて錢函に至る。窓の外に海が見えてきた。北海道の中心部から出て、ようやく、の気持ちが強い。座り続けた体は背中も腰も強ばって痛いぐらいだが、相変わらず月島はぴんと姿勢を正している。よほどの体幹の強さと忍耐力が無いとこうはいかない。大隊長の言った「無理だな」の片鱗をわずかに感じながら、椎久は軍靴の中で足の指を曲げたり伸ばしたりした。いい加減、足もむくんでいる。
線路は海沿いに変わった。ちょうど切れた雲間から夕陽が海原に最後の光を投げている。窓側に座っている月島が眩しげに目を細め、軍帽の鍔を少し下げた。
「お席、代わりましょうか?」
「うん?」
小柄な軍曹はこちらを向いて、下ろしたばかりの鍔を上げて椎久を見上げた。月島は最初訝しげな顔をしていたが、椎久がなぜ座席の交代を申し出たのかすぐに気づいて、いや、と首を振った。
「大丈夫だ」
だが、もう一度窓の外に顔を向けかけたところで椎久を振り返った。
「海が珍しいのか?なら、代わるが」
「いえ、そういうわけではありません。叔母が小樽に嫁ぎ、その縁で二度ほど来たことがあります」
「小樽に」
「はい。叔父の方は鰊番屋で働いていました」
本当はもっと前はちゃんとコタンがあって、ヲタルナイ場所という所で和人と交易していたのだと聞いたことがある。だが、御維新よりもずっと前にそれは崩れ去っていて、叔父が小さい頃にはもうコタンには二、三〇人しか居なかったという。今はどうなっているか分からない。小樽にはその他にもコタンがあるのかもしれないが、この辺りに住んでいない椎久には詳しい状況は分からない。
そういった説明を口に出すのは憚られた。この人にぶつけてもしょうがないのだ。窓の外の海を見ながら、知らずため息をついた。
――アイヌに仇なす、か。
月島がちらっと椎久を見たので、叱責されるかと慌てて姿勢を正したが、月島は何も言わずに窓の外に視線を戻した。月島は無表情を崩していないが、海を眺めながらなにやら考えに陥っているようにも見えた。
列車は海沿いを走り続ける。張碓の険しい断崖が見えてきたところで、なんとはなしに椎久は口を開いた。
「この辺りも土地の者にカムイコタンと呼ばれています」
言ってしまってから、この人にとって「土地の者」は入植した和人かもしれないと気がついて、椎久は口を噤んだが、月島は窓の外を見て、なるほど、と呟いた。
「ここも険しいからな」
列車は、海に立つ奇岩の横の隧道に突入した。音が汽車の中に籠もる。月島は景色の見えなくなった窓から視線を椎久に移した。
「人が容易に寄りつけない場所をカムイの物と認識したのか。和人が険しい火山に地獄や極楽を結びつけるのと似ているのかもしれないな」
「そういう場所があるのですか、内地に」
「ああ、いや......」
小柄な軍曹殿はやや口ごもり、それからなぜか気のなさそうに話し始めた。
「子どもの時に住んでいた場所から、海を挟んだ対岸に、山が見える時があった」
故郷を懐かしんでいるようには見えないなと思いながら、椎久が単語を繰り返す。
「山、でありますか」
「冬の、ごくたまに晴れた時の、さらに稀な話だが、遠くまで霞まず見える時があって、その時に白くて高い山が見えるのだ。それが、本州の霊山の一つで」
「霊山」
「そうだ。山をまるごと信仰しているのだそうだ」
「神の住む所?」
「よくは知らん。山がまるごと神なのかもしれない。そこに、」
ちょっと言葉を切ってから、月島は言った。
「地獄の入口があると言われていた」
汽車が隧道を抜け、海がまた見えてきた。日は海に没し、僅かな明かりだけが残っている。
月島が急に訊いてきた。
「お前、アイヌ名は?」
話を変えたようだと思ったが、椎久は素直に答えた。
「ウテㇽケであります」
「意味は?」
「跳躍です」
「だから飛男、か。苗字の方にも意味はあるのか?」
「シクは大きな弓という意味です」
薄い色の目が椎久の方を見た。
「狩りが得意なのか」
「......弓は得意でした」
弓を持たなくなってもうずいぶん経つ。答えるまでのわずかな逡巡に蟠りが現れてしまったような気がして、椎久は誤魔化すように居住まいを正した。月島は、そうか、とだけ言って窓の外に視線を向けた。途端にまた汽車は隧道に入ったのだが、今度は月島は何も見えない窓から視線を移さなかった。
車窓に古参の軍曹の顔が映っている。そこから視線を外すと、椎久は真っ直ぐ前を見た。
月島軍曹は普通の人に思える。会話を交わせば、親しみだって感じる。上下関係では理不尽なことも多い軍隊において、随分まともな人だろう。特段アイヌを下に見ているようにも感じない。もっと付き合いが長ければ、そういうものが端々に見えるのかもしれないが、単に一日一緒に列車に乗っただけではそれは全く分からない。
大隊長の言う「アイヌに仇為す行為」も分からなければ、そもそもなぜ大隊長がこの人物に拘るのかも分からなかった。
中央小樽に着いた頃にはもうすっかり暗くなっていた。おまけに雲が立ちこめて今にも雨が降りそうだ。午前中からこっち、ほとんど座り続けていたせいで体中が強ばっている。降りた途端に、椎久は背を伸ばした。月島はそんな椎久をちらりと見て、表情も変えずに歩き出した。椎久も駅員に切符を渡して改札を出た。改札鋏で出た切符の切れ端が床に散らばっているのを気にしなければ、全体的に小綺麗だ。
月島が駅の中を見回しているようなので、椎久は尋ねた。
「どうかされましたか」
「駅が新しい」
言われればその通りで、新築の建物の持つほの明るい印象がある。小樽は北海道でも随分早くから駅があるのだから、もっと古くてもおかしくはないのだが。
「建て替えたのでしょうか」
「そのようだ」
駅の構内も、駅を出てからも人がそこそこ多かった。
「初めてここを通った時は、ずいぶん寂しい場所だったんだがな。平らに無理矢理均したみたいな場所で、店も何も無かった」
今は周りに店がぼつぼつ並んでいる。とはいえ、夜のせいか雨が降りそうだからか人々は急ぎ足で、本日最後の稼ぎとばかりに人力車が広場を行き交っている。それに合わせて商家も店じまいをしようとしているところが多かった。坂の下に見える海の方がまだ町並みが明るい。月島がそちらに向かって歩き出した。椎久も遅れないように続く。停車場から海に向かって続く巾の広い坂道を下りながら、
「軍曹殿は小樽の街には詳しいのですか」
「何度か来たことはある」
北海道でも指折りの街だ、海に近い色内通りはまだ人通りが多かった。心当たりでもあるのか、月島の歩みに迷いはない。だが、とある宿の前で立ち止まった月島が訝しげな顔をした。
「妙だな」
呟きには椎久にも頷けるものがあった。閉まっているわけではないし、他と何が違うわけでもないのに、この宿だけいやに活気がないのだ。月島が訝しげだった表情を元に戻してそのまま玄関の方に足を向けたので、椎久は慌てて後を追った。
「ここにするのですか?」
「空きはありそうだからな。――もし、ごめんください」
月島は、汽車の中で親子連れに話しかけられた時のように愛想良く宿の人間に話しかけた。兵舎での様子と違いすぎて、どうにも慣れられない。
「二人、泊まれますか」
出てきた宿の者は、疲れたような顔をしていた。
「ああ、見ての通り、空いてるよ。――でも、良いのかい?」
「何が?」
草臥れた顔のまま、ため息と共に返ってきた答えは、
「出る、て噂立っちまって」
「何が」
「手、かな」
「手?」
小さな手が外から差し込まれるのだという。いやに白くて小さな手が、夜な夜な差し込まれる。寝ぼけ眼でそんな物が鼻先でひらひらしているのを見たら、確かに肝を潰すだろう。
だが、月島は眉間に皺を作って一瞬考えたものの、あっさり言った。
「手が差し込まれるぐらい、大したことじゃない」
宿泊を決めると、主人は喜んでいそいそと二人を大部屋に案内した。柱に架けられた電話を横目に庭に面した縁側を歩いている最中、俄に雨音が酷くなり、暗くてよくは見えないと分かりつつ、椎久は窓の外を窺った。
「こりゃあ、とうとう本降りだ。運良かったな、兵隊さん」
「いや、そうともいえない。飯がまだなのだ」
宿の主人の物言いが砕けているので、月島も丁寧な口調をやめたらしい。
「ええ?これからだったのかい?」
「ああ。旭川を朝出て、小樽に着いたばかりだ」
「うーん......」
宿の主人は暗い窓の外を窺う。そうやっている間にも雨は酷くなるばかりで、窓ガラスをガタピシャ言うほど叩いている。
「何か出すかい?」
「出せるのか?」
「ごはんと味噌汁とお新香ぐらいでよければ」
「十分だ。しかし、客が居なかったのなら準備していなかったのではないのか」
「わたしら食べる分が炊いてある。客も居ないし、通いの者は帰したから残ってるはずだ」
「それはありがたい」
主人が案内したのは誰もいない大部屋で、左手に行灯があり、右手の隅に布団が積んであった。
「本当に俺たちだけだな」
「朝から天気がおかしかったせいか、船もあんまり入ってこないし、少ない客は別な宿に取られたみたいでね」
参ったさー、と主人が溜め息交じりに首を振る。
「そちらには災難だが、こちらにとっては、広く使える分ずいぶんな贅沢だ」
主人が食事の準備に出て行くと、月島は外套を脱いで衣紋掛けに掛け、上衣の襟元を緩めた。楽にしろ、と言われて椎久も少し服を崩す。月島はさっさと布団を敷いて寝床を作った。もう今日は食べたら寝るつもりなのだろう。
手持ち無沙汰だったが、行灯は薄暗くて携行武具の手入れは難しそうだった。仕方なく頭の中で明日の予定を反芻していると、主人と女中が食事を運んできた。女中が膳を二つ並べ、その間に主人が大きな茶瓶と何やら蓋付きの大きな藁籠のような物とを畳に置く。
「装いますか?」
「いや、こっちで勝手にやる。ありがとう」
「分かりました」
ごゆっくり、と言いながら女中が出て行った。装うか訊いたからには、たぶん、藁の容れ物の中には米が入っているのだろう。兵営以外での食事の経験があまりなく、椎久は内心首を捻った。炊いた米を和人はお櫃に入れる物だと思ったのだが。
――藁だとべたべたくっついたりしないのだろうか。
一方、月島は宿の主人に質問している。
「船は朝からずっと来ていないのか?」
「ああ。雨こそ降ってなかったんだけど風強かったのさ。ぜんぜん入港しなかったのかと言われれば、そったらわけでもないようなんだけど、南からの船は軒並み来てなかったさ」
「青森からもか」
「青森どころか函館からのも来てないみたいだったさ」
それを訊いて月島は渋い顔をした。
「兵隊さん、船待ってたのかい?」
「ああ」
「そりゃご愁傷様だ」
「おかげで客が少ないなら、この宿の方がご愁傷様だろう」
「まあね。汽車の客頼みだったけど、人入ってないと何でか客居着かないもんで、結局はこったら有様さ」
上官と宿の者の会話を遮ってよいものかちらりと迷いはしたが、雑談のようだし今までの様子だと月島は怒ったりしないだろうと思って、椎久は思いきって訊いてみた。
「あの」
声をかけた途端、主人と月島が椎久の方を向く。
「駅は建て替えたのですか。ずいぶん奇麗だったのですが」
訊いた途端に、そうなのさー、と主人が大袈裟に頷いた。
「ぴかぴかだったべ。この夏に皇太子殿下がいらっしゃるって言うんで、それに間に合わせようって人足もたくさん来て、なんまら凄かったよ。どんどん出来上がっていって」
客が居なくて話し足りていなかったのか、主人の話は止まらない。
「皇族の方が泊まれるような立派な旅籠もないっていうんで、小樽一豪勢な家に住んでる商人に家さ貸せって區が言ったら、その御仁、こったら平民の家にお泊めするわけにはまいりませんって御殿を一つ建てちゃったのさ。いやあ、東宮出門っていうんで私も見物に行ったんだけど、そりゃあたいしたものだったさ」
そこで、主人が月島と椎久を順番に見た。
「あれ、でも、その後、旭川にも行ったんでなかったかい?新聞で読んだような......」
「あれか」
思い出したのだろう、月島が思わず、といった調子で声を立てた。
「ああ、やっぱり旭川にもお出ましだったんだ」
「そもそも、函館に師団長閣下がお迎えに上がったからな。護衛はずっと第七師団だ」
「で、そのまま旭川までか。旭川はどこにお泊まりだったんだい?言っちゃあなんだけど、小樽の方が街としては大きいべ?ここがこの有様だったんだ、旭川に小綺麗な宿なんてあったのかい?」
「偕行社にお泊まりでした」
椎久が教えると、なある、と主人は膝を打った。
「そうか、旭川には北鎮部隊の本部がある。さすが軍都ってことか。考えてみりゃ行く末は帝国軍の大元帥閣下であらせられるわけだし」
「大変だった、あれは。五月から東宮主事が下検分に来てな」
「やっぱり準備は入念なもんだ」
椎久も覚えている。行啓当日は旭川町どころか周りの集落から人々が集まる騒ぎで、師団挙げての歓迎行事の連続だった。
「あれだべ?大砲撃って歓迎するんだべ?」
どかん、どかん、ってさ、と主人が言うと、月島は頷いた。
「そうだ。皇礼砲二十一発」
「そんなに?はは、見物してみたいもんだと思ってたけど、そんなに撃つなら飽きちまうかな」
「かもしれないな」
月島はそう言うが、その間、ずっと兵卒は直立不動で立ち尽くしていたのだから、椎久は飽きると言うより大変だった。それに、次の日はよりによって第二十七聯隊の敷地に木をお手植えするとかで、夜も更けるまであちこち掃除して磨かされて、これまた朝から整列する羽目になったのだ。
「なんか演習とかやったのかい?」
「大隊教練自体は別の聯隊だったのだが――」
月島が危うくうんざりと取られかねない口ぶりで言ったので、椎久も思いだした。
「結局、千代ノ山で連合演習でしたからね......」
ついつい椎久は後を続けて遠い目をした。
そんな二人を見て主人はくすくすと小さく笑う。
「不敬だねえ、軍人さん」
ここではまあ寛いでくださいよ、と言うと主人は部屋を出て、礼をしてから障子を閉じた。
不敬と言われて椎久は冷や汗を掻いていたが、月島の方は気にした様子も無く、部屋の奥側に陣取り、背嚢と雑嚢とを窓側に寄せている。
――もしかしたら、こういう態度を報告しろというのだろうか。
でも、皇太子殿下の行啓が面倒だったのは、下々の間では共通の認識だったし、そんなことを告げ口のように報告したくはない。だいたい、下手な言い方をしたら自分だってお咎めを受けかねない。
考えている間に、月島が膳ににじり寄っていたので、椎久は気を取り直して例の謎の藁籠を月島の側に置いた。持った途端、感触と温かかさで気がついた。
――保温のためか。
蓋を開いてみると思った通りお櫃が入っていた。予想が当たったことにささやかに満足して、椎久は気分良く申し出た。
「装いましょうか」
「いい。自分でやる」
月島はしゃもじを持ってお櫃の蓋を開くと、茶碗に二度ほど装って控え目な山を作った。手を止めて、一度椎久の茶碗を見、それからお櫃の中を見て、ちょっと迷った様子だったが、まるで観念したみたいな顔を一瞬してから、お櫃にしゃもじを放り込んで椎久の方に押しやった。
椎久がお櫃を覗くと、ちょうど月島が盛ったぐらい残っていた。月島の方を見ると、すでに月島は箸を持って、無表情に米を食らっている。少し考えてから、椎久は三分の一程を残して、自分の茶碗に米を装った。お櫃に蓋をした後、冷めないように藁の蓋もはめる。
食べ始めると、腹が減っていたことを実感する。しばらくは箸と食器がぶつかる小さな音だけが続いた。お椀を取り上げ味噌汁を一口啜って膳に置いたところで、何やら雨音がはっきりしてきた気がして窓の方を見てみて、椎久はぱっかり口をあけた。月島も顔を上げ、椎久の様子を見て振り返る。
二人は息を潜めた。小さな白い手が、床近くにある小さな風取りの窓から差し込まれているのだ。
ずいぶん細くて小さな手だった。骨ばった手が、何かを求めるように、ひらひら、ひらひら、と僅かに振られる。
――いや。
ひらひら、とした動きに見えていた細い手は、懸命に伸ばされて月島の雑嚢の紐を掴もうとしているようだった。しかし、格子が填まった小さな窓からは到底届きそうにない。椎久は月島を見た。月島は荷物を引き寄せることも無く、痩せた手の動きをしばらく見詰めていたが、きゅっと口を閉じた。
「しかし、酷い風だな」
唐突に、月島がそう言った。言いながら仕草でお櫃を指さし、寄越せというように手で招く。気づいていないふりをしろと言うことだと察して、椎久はお櫃を月島の方に押しながら会話をひねり出した。
「はい。港の方は大丈夫でしょうか」
「南からの船はずっと止まっていたそうだが、これは北の方からの船も止まっただろう」
言いながら、月島は残った米を全部手のひらに載せ、ぎゅうぎゅうと握って真ん丸いおにぎりを作っている。
「夜の間に収まると良いのですが」
椎久がそう答える間に月島が音も立てずに窓に寄り、懸命に伸びていた手を捕まえた。捕まえるなり、手を上向きに引っ繰り返して、その上におにぎりを載せてやる。
驚いたのだろう、月島が手を放すやいなや、白い手はひゅっと引っ込んだ。雨音に混じってばちゃばちゃと水たまりを踏む音が遠ざかっていく。
ふう、と静かに月島が息を吐いた。それが合図になって、椎久自身も詰めていた息を吐き出した。
「『手が出る』などと言うから、怪談話でもしているのかと思ったが、泥棒か」
これでは客が泊まりたがらないのも無理はない。
「いかがしますか。宿の者に報せますか」
窓を見詰めたまま、月島はしばらく言葉を発しなかった。それから、ゆっくりと首を振る。
「いや。荷物の置き場所に気をつけておけば実害は無い」
潜めた平坦な声に憐憫が混じっているような気がした。
夜半から風の音が酷かったのだが朝になる頃には嵐になっていた。宿の者に船の出入りは止まったままだと言われて、月島はじっとり表情を消して口を曲げている。昨日のように女中と一緒に食事の用意をしながら主人が言った。
「暴風来てるんだって」
「そうか」
月島は外を睨みつけるように窺ってから、宿の主人を振り返った。
「昼食も頼めるか。この分では店が開くのも期待できないだろう」
「まかせな、要るんでないかと思ってた。なんなら鰊も出すかい?」
「豪勢だな」
「兵隊さんがお新香ばかりじゃ堪らんべ」
「なら、頼む」
女中が先に出て、主人も続こうとしたところで振り返った。
「今日はどうするかい?暇つぶしに何か持ってくるかい?新聞とか本とか軍人将棋とか」
「二人だぞ。軍人将棋は無理だ」
「じゃあ、将棋でも碁盤でも」
「使うか分からんが適当に寄越してくれ」
椎久は会話を聞いていて不安になった。将棋も囲碁もやったことがない。それに、この場合、相手はどう考えても上官の月島だ。そんな遊戯に興じる様が全く想像できない。内心悩んでいるうちに、月島の方はごはんをてんこ盛り――今朝はたくさん入っているらしい――にしながら、出て行こうとした主人を呼び止めた。
「ああ、そうだ。縁側にある電話、あれは使えるのか」
「使えるさー。これでも、変な手ちょろちょろする前は客足だって多かったんだ、ちゃあんと引いてあるやつさー」
「後で使わせてくれ」
「はいはい、使う時は声かけてくれよ。宿代と一緒にお代はもらうから」
とうとう何か動きをみせるのかもしれないと緊張しながら椎久は訊いた。
「どちらにかけるのでありますか」
月島はかつかつとご飯を口に運んでもぐもぐ咀嚼してから、落ち着いた声で答えた。
「二十五聯隊だ。船の出入りが止まっていることを報せて指示を仰ぐ。こっちは二人だが、二十五聯隊は大所帯だ。月寒から出る前に止めた方がいいだろう」
別に何も怪しい所はない。椎久は大丈夫そうだと胸をなで下ろし、そんな心持ちになった自分にはたと気がついた。
最初から気乗りはしていないが、月島の為人が分かるにつれ、さらに気が重くなっている。しかし、大隊長の命令は命令だ。消沈しながら椎久はもそもそと機械的に食事を口に運んだ。
電話をするという月島に念のためぴったり着いていく。新たな指示があれば従うのだから、上官に付き従うのはそうおかしな振る舞いではあるまい。月島も別に椎久を追い払うようなことはなく、電話機の発電機をぐるぐる回して交換を呼び出した。
「XX番へお願いします」
会話の様子で察してはいたが、電話が終わった月島はやや渋い顔をしていた。
「どうかされたのですか」
「青森の方が天候が崩れるのが早かったらしい。俺たちが旭川を出た時には、既に船が着かないのが分かっていたようだ」
伝達の機会がずれたせいで一日を棒に振ったのだ、月島軍曹が少々不快に思うのも無理は無い。
――いや。偶然なのか?
もともと小樽で自由になる時間を作ってこの人を泳がせるために、わざと伝達を遅らせた可能性もあるのでは?
疑いが擡げてきて、椎久の手はじっとりと汗を掻いた。
――でも、この出張は前から決まっていた。一週間も前から暴風が来るなど分かっているわけがない。
そう考えて、思いついた疑念を取り消してみたのだが、要領を得ない大隊長の命令を思い出すにつけ、不審は椎久の中に沸いてくる。椎久が思い悩んでいたのが顔にも出ていたのだろう、月島が椎久を見上げて、
「どうした?」
「ああ、いえ......。我々はどうしていれば良いのでしょう」
「待機だな。二十五聯隊にこちらの宿と電話番号は知らせた。受領日時の再調整が終われば連絡があるだろう」
物資受領が今回の任務であったので、完全に時間が浮いてしまったことになる。嵐も酷く、宿に足止めになっている。朝食後、二人でやたらと念入りに武器の手入れをしてしまったらやることが無くなった。今のところ月島が外出しようとする様子は無く、新聞を隅から隅まで見終わると、宿の主人が持ってきた読本を読み出している。
椎久は心中落ち着かず、別の本をぱらぱら捲ってみたり、軍人将棋――結局、持ってきてあった――の黄色と橙のコマを畳にばらまいて弄ってみたりした。ときどき月島を盗み見るが、たまに胡坐を掻いた足を組み直したり正座になってみたりしているぐらいで、凝と本を読むばかりだ。
――いったい何を見張れというのだろう。
あるいは嵐の到来は大隊長にも誤算だったのだろうか。
薄暗い空から止めどなく降り続けていた雨は、昼頃にやや小降りになってきた。昼食を持ってきた宿の主人が、
「このまま晴れるべか」
と言うと、月島は立ち上がって窓を開け、難しい顔になった。椎久も外を窺おうとその横に近づいた。
「どうですか?」
「見ろ。どう思う」
確かに風は収まっており、晴れ間も見えぬではない。
「これは......分かりませんが。暴風の合間というだけのように思えます」
だとすると、嵐はこれから再び酷くなる。主人も窓の外をじっくりみて、うーん、と唸り声を立てた。
「こういう時、無理に船さ出すとまずいんだべな」
今日も無理かもしれないと思いながら二人で膳の前に着く。言っていた通り、朝に比べて鰊の煮物が増えていた。
「ありがたい」
「その分、お代はちょうだいするからな」
戯けたように言ってから主人が出て行く。
二人が食べ終わり膳も片付けられてしばらく経つと、再び雨音が酷くなってきた。
「将棋でもするか」
「申し訳ありません。やり方を知らないのであります」
ふむ、と月島が椎久を見上げて一つ頷く。
「兵卒同士でそういう機会があるかもしれないから、教えておこう。俺も強いわけではないから駒の動かし方ぐらいしか教えられないが」
そう断ってから月島が将棋盤に駒を並べ出した。覚えた方がいいのだろうかと、椎久は盤面に集中した。筆文字の書かれた駒が手前と奥とに整然と並べられていく。
再び手が現れたのはそんな時だった。ひらひら蠢くのを先に見つけたのは今度は月島で、訝しげになった表情に気づいて椎久も窓の方を見、なぜ月島が不審げになったのか理解した。
手が何かを持っていたのだ。
「恩返しでしょうか」
手の主に聞こえないように椎久が小声で囁くと、月島は椎久に表情の無い一瞥をくれてから、黙って差し込まれた物を手に取った。
「何ですか?」
「本だ」
月島は椎久に見えるように少し体をずらした。
「洋書?ですか?」
馴染みのない文字が書かれた本は、新しいものではなさそうだった。むしろ、何度も読まれ持ち運ばれたように角が擦れて丸くなっている。
「ロシア語だな。『КРАСНЫЙ ЦВЕТОК』」
「読めるのですか?」
流暢な音の響きに驚いて訊くと、小柄な軍曹は、少しな、と答えた。
「『赤い花』、か。小説に見えるが」
パラパラとめくって月島はちょっと目を上げ、手がまだぱたぱたしているのを見つけてやや考えてから、背後にいた椎久に言った。
「外に出て、子どもがまだいるようなら入れてやれ。宿の主人には俺から言う。飯でもやってどういうことか聞き出そう」
「はい」
縁側を急ぎ足で抜けて、慌てて表に出た。こちらの動きに気づいていたのか、既に小さな人影が激しい雨の中を遠ざかろうとしている。
「おい!雨宿りぐらいなら――」
途中で言葉を切ったのは、烟るように降る雨の中を小さな背中があっという間に見えなくなってしまったからだ。
戻ると、胡坐をかいて本をパラパラと捲っていた月島が視線を上げた。
「どうだった?」
「すぐに走って行ってしまって捕まえられませんでした」
「子どもだったろう」
「雨が酷くてはっきりとした姿は確認できませんでしたが、そのように思いました」
「掴んで驚かせてもと思ったが、捕まえておけばよかったか。握り飯ぐらいやれたのに」
結局、残されたのは本だけである。
「どうして、こんな本を渡してきたのでしょうか」
「分からんが、読んでみる」
月島は、開いて少し眉根を寄せた。
「どうかされましたか」
「いや。使わないとだいぶ忘れるものだなと思ったのだ。さすがにこの宿に露語の辞書など無いだろうな......」
言葉の終わりはぼやくようだったが、月島は本を読み始めた。
――使わないと忘れる、か。
兵営の中でアイヌ語を話すことは無い。休日に家に帰った際に、言葉が出てくるまでに若干の引っかかりを覚えることがあって、きっと、それと同じことだ。
言われた言葉を椎久はぼんやりと噛みしめていた。
読み進めるのに苦戦しているらしく、月島がページをめくる速度は読本の時と比べて随分遅かった。自分も宿の主人が持ってきた本を読みつつ、ときたま月島の様子を窺うが、小柄な軍曹殿は無表情に読み進めていて、なんなら、しばしば低い鼻の上に縦に皺が寄っている。小説と言っていたが、面白い内容では無さそうだ。ただ、集中を切らすことはなく、ずっと本から目を離さない。
だんだん暗くなってきて、椎久は宿の者を呼んで行灯に火を入れてもらった。それを月島の方に置くと、月島はいったん顔を上げて椎久を見上げた。
「ああ、すまんな」
「夕食にするかと訊かれましたが、いかがいたしますか」
「そうだな、そろそろもらおうか」
そう言うと月島はいったん本を閉じ、目頭の間を右手で揉んだ。椎久は宿の主人に夕食を頼むとすぐに戻った。月島はまだ目を閉じていた。
「お疲れですね」
声をかけると、月島は目を開いて肩と首とをぐるりと動かした。
「まだ掛かりそうですか」
「そうだな。まだ最初の短編しか読めていない」
月島は本を眺めている。
「どんな話だったのですか?」
「狂人が癲狂院に入院してから死ぬまでの話だった」
その何が面白いのかも、あの白い手との関連性も分からず、椎久は我知らず眉根を寄せてしまった。月島の方も考えに沈んでいるような調子で呟く。
「なんでこんな本を子どもが」
「......誰かに頼まれたのでは?」
「それが一番ありそうか」
ごう、と建物が揺れるほどの大風が吹いた。嵐の本番はこれからのようだ。行灯の明かりが呼応するように揺れて、月島と椎久の影も畳に揺れる。
宿の者が夕食を持ってきたので、月島は洋書を宿の本と混ざらないように脇に退けた。
「鰊漬けか」
「漬けだしたばかりでまだ味が熟れてないんだけどね」
配膳が終わると、主人は部屋を出る前に言った。
「軍人さん、窓はぴっちり閉めておいてくれな。立て付けが悪いのか、滑りが良すぎるのか、それ、そこの下側の風取り、どうも隙間から雨風が吹き込みがちで」
「分かった」
「分かりました」
簡単に開くからあの手が外から窓を開けるのだと気がついたが、手のことは二人とも口にしなかった。
宿の主人の足音が遠ざかっていくのを確認すると、月島はまずおにぎりを握り始めた。鰊漬けも真ん中に入れている。
「また来ると思いますか?」
「嵐が酷いから分からんが」
おにぎりを二つ握り終えると、月島は窓の方を振り返り、慎重に荷物の位置を調節した。
「椎久一等卒。手が出たら、お前、すぐ玄関に回ってくれ。今度は俺が手を掴むから、子どもを捕まえてくれ」
「分かりました」
鰊漬けは野菜がしゃきしゃきとしていて、白い米とよく合った。無言で食べている月島の茶碗から瞬く間に米が消えていく。頬を膨らましているわけでもないのに、もりもり米が無くなっていくのはまるで奇術でも見ているようだ。小柄な体のどこに入っていくのか分からず呆けていた時、外の音が急に大きくなった気がした。
「軍曹殿」
椎久が声を潜めて呼びかける。
手だ。
ほとんど同時に気づいた月島は、無言で玄関の方をしゃくった。頷くなり椎久は音を立てないように気をつけながら急いで縁側を移動した。玄関を出ると、酷い雨音が、ばちゃばちゃという水音で乱されている。暗くて見えにくいが、小さな影が暴れているのが確認できる。椎久は雨に濡れながら大股でそちらに急いだ。もうちょっと、手を伸ばせば捕まえられる、というところで急にすぽんと抜けでもしたように小さな影が道路の真ん中に転がった。
「椎久!すまん!滑った!」
すぐに捕まえようと飛び出したのだが、道路に転がった小さな影が反対側に駆け込む方が早かった。追いすがったものの、小さな影がするりと入っていった建物と建物の隙間は椎久には狭過ぎた。建物の裏に回ろうと走ったが、角を曲がって一本裏の路地に着いた頃には暗い夜道に人影など何も無く、ざあざあと雨が道を叩くばかりだった。
濡れそぼちがっかりしながら宿に戻ってみると、月島が玄関まで来ていて椎久を待っていた。手には手ぬぐいと背嚢を持っている。
「すまん。手が濡れていてすっぽ抜けた。着替えは持ってきているか」
手ぬぐいを椎久に手渡しながら、月島が背嚢を持ち上げる。どうやら、椎久の背嚢らしい。
「はい」
受け取って玄関で手早く体を拭い、着替えられるだけ着替えると、宿の者が起きてこないうちに二人は音を潜めて部屋に戻った。
「早く当たれ」
月島が火鉢を椎久の方に押し遣り、毛布を手渡す。ガチガチ震えながら椎久が手を当てていると、月島はさらに湯飲みにお茶を入れて渡してきた。受け取るために伸ばした手も寒さで勝手に震える。
「大丈夫か」
お茶は少し温くなってきていたが、椎久はガクガクと何度か頷いた。それを確認すると、月島は椎久の濡れた上衣と軍袴を衣紋掛けと衝立とを利用して干した。その頃にはどうにか震えが収まってきて、椎久は背中にかけた毛布の上にさらに掻巻をかぶった。その格好で残っていた膳の上の味噌汁をすする。人心地ついて、ふう、とため息をついた時、向かいで椎久の様子を観察していた月島も、問題ないとみて、一つ頷き、座布団に腰を落ち着けた。少しだけ残っていた食事を片付けると、月島が徐に口を開いた。
「昔アイヌから聞いた話みたいになってきたな」
「アイヌの話でありますか?」
「そうだ。確か、コㇿポックㇽと言った」
「ああ、手を引っ張り込む話ですか?」
「それだ」
コㇿポックㇽはいたずら好きの小人だが、貧乏な人間には施しをする。ある時、悪い奴が、施しをもたらした手を引っ張り込んで脅しつけて一生楽に暮らそうと画策する、そんな話があるのだ。
「握り飯を持っていくんじゃ逆ですが」
「くれたのも本だけだしな」
月島は本を持ち上げ、椎久に向かって軽く振って見せてから、
「その話をした奴が、コㇿポックㇽは蕗の下の人という意味で、背丈が俺ぐらいだと言うもんだから――」
「あの、北海道の蕗は内地より大きいですよ。螺湾川の蕗は自分より大きいぐらいだと伯父が言っていました」
早口でそう言うと、月島はニコリともせずに頷いた。
「同じようなことをその時にも言われた。マタギ出身の一等卒が、秋田の蕗も大きいです、と言い出してな」
小柄な軍曹殿は表情を変えずにそう言ったが、内心は推し量れないので、椎久は黙って首をすくめて話を元に戻した。
「姿も見せずに逃げるところは、確かにコㇿポックㇽみたいですね」
「人に見られるのを嫌うのだったか」
「はい、そんなふうに言われています」
月島は椎久を改めて見た。行灯の薄暗い明かりのせいか、瞳が黒々と大きく見える。
「アイヌだったな」
「え?さっきの子どもがですか?」
「そうか、お前はその位置に居たから見えなかったか。捲っていた袖口が俺からは見えたのだ。アイヌの文様のようだった。追いかけた時に見えなかったか?」
まるで言い含めるように、月島が椎久にゆっくり尋ねた。
「ガス灯も消えていますし、上に防寒具を着ていたのでしょう。自分からは暗い影にしか見えませんでした」
「そうか......」
月島の視線が、す、と手が差し込まれていた風取り窓の方に移る。小皿に乗せられたおにぎりが一つだけ残っている。
「一つはやったのですか?」
「ああ。それで誘き入れて手を掴んだのだが......」
月島は少し目を細めた。
「あれもやってしまえば良かった」
陰った声で月島は呟いた。
「こんな冷たい雨の夜にひもじい思いをするのは惨めなものだ」
「はい......」
獲物が少なかった年の冬を思い出して椎久も頷いた。
この人もそんな経験をしたことがあるのだろうか。凶作の年に。あるいは、戦場で。
なんとなく気配を感じて目を覚ます。
起きてみると、掻巻を肩に掛けて胡坐を掻いた月島が、本を畳の上に置いてじっと腕組みをしていた。
寝起きのぼんやりした頭で意外と筋肉がみっちり詰まった人だなと思った。これだけ鍛えているなら、体術も相応の物なのだろう。そこに日清からの古参兵という裏付けがあって、大隊長の「無理だな」発言になったのだろうか。
そこまで考えたところで、突然、相手が上官だったという事実が意識に上ってきて一気に目が覚めた。椎久は慌てて布団の上に正座して縮こまった。
「申し訳ありません。寝過ごしました」
「ん?ああ。いや、まだ早い」
日の出は過ぎているのだろう、薄ぼんやりとではあるが障子の向こうが明るい。
「寝なかったのですか?」
「寝た。起きてしまっただけだ」
会話の間、ずっと月島は本の表紙を見ている。椎久は本と月島を何度か見比べた。
雨は小降りのようで、雨音が昨晩のようには強くない。ただ、時折、大風が吹いてみしみしと建物を揺らした。
月島は考えに耽っている様子でしばらくそうしていたが、やがて立ち上がり、上衣と軍袴を身につけだした。椎久も干してあった軍袴を手に取った。生乾きだったので、困ってしまって眉根を寄せる。下に着る襦袢と袴下は着替えを持ってきたが、兵営を離れている今、上衣・軍袴は替えが無い。迷ったが、履いているうちに乾くだろうと思って、軍袴はそのまま履いた。上衣を火鉢の近くに寄せていると、月島が訊いた。
「乾いていないか」
「あと少しだと思います。襦袢と袴下を洗わせてもらおうと思うのですが、軍曹殿の分も洗いましょうか」
「いや、俺のはいい。お前は早く洗わせてもらった方がいいだろう。少なくともそこに丸めてある昨日のはさっさと洗って干した方がいい」
「はい。ついでに、朝食を頼んできます」
「ああ、頼む」
椎久が朝食を頼んでから服を洗いたいと伝えると、客が他に居ないせいか、女中が他の物と一緒に洗ってくれるという。
「大部屋はどうしても温かくならないからね。もうちょっと乾きやすい所に干してあげますよ」
恐縮しながらじっとり湿った服を渡して大部屋に戻ると、そう経たないうちに朝食の膳が届けられた。
「雨は収まったみたいだね。風酷いから船の様子はまだ分からないけど、もう少し経ったら港に訊きに行ったらどうだい」
宿の主人に言われて月島は頷いた。
「ああ、そうしてみる」
それで二人で手早く飯を掻き込んだ。出ようかという頃には、椎久の軍服もどうにか乾いていた。外套を身につけて外に出る。風が強いので寒いと言えば寒いが、昨晩ほどの大風では無かった。
宿から港はすぐだ。既に何隻か桟橋に小さめの船が着いていて、人足が荷物を下ろしている。沖の方を見ると、湾を抱え込むように何かが陸から伸びていて、椎久は首を捻った。
「どうしたんだ」
「ああ、いえ、あれは何でしょうか」
「あれ?」
「あの、岩にしては真っ直ぐな灰色の」
椎久が手を伸ばして指す物が月島には最初分からなかったようだったが、やっと理解して頷いた。
「防波堤というものだ。俺が小樽に居た頃に作られた。あれがあると港の波が小さくなるそうだ」
「では、あちらの高い桟橋のような物はなんでしょうか」
椎久が指さしたのは、防波堤の内側、港に突き出た建造物だ。
「あの辺りは手宮か。......なんだろうな。あれは俺が居た頃には無かった。桟橋にしては高すぎるが」
この人は小樽に居たことがあるのだ、と思いながら椎久は月島の様子を窺う。目を眇めて海を見ていた月島はすぐに興味を失って、行くぞ、と声をかけてきた。そのまま二人は港に建つ建物に行き、事務員に声をかける。
「もし」
例によって月島は〈愛想の良い軍人さん〉に切り替わっている。事務員が手を止めてこちらを向いた。
「はい、何か」
「南からの船は再開したか分かりますか。青森からの船を待っているのです」
「ああ、大丈夫だと思いますよ。ただ、嵐を待避していた船がたくさんあって混雑しているから、落ち着くまでは先に近辺にいた船の出入りを待ってもらわないといけないと思います」
「なるほど、ありがとうございます」
聞くだけ聞いてしまうと建物をすぐに出て、月島は宿に向かって歩き出す。寄り道しようとする様子も無い。宿に着いてみると、ちょうど主人が縁側の電話でしゃべっているところで、二人を見てすぐに手招きした。
「あ、今、帰ってきました。軍曹さん!札幌の聯隊からだって」
「分かった、ありがとう」
月島が急いで靴を脱いで電話に出る。椎久は一歩下がって横で漏れる会話を聞いた。そんなに長くはかからず、受話器を置くと月島が部屋に向かって歩きながら説明した。
「船はもう出ているそうだ。小樽に着くのは夕刻を予定している。小樽の天気が収まってきているのも伝えた。二十五聯隊もその頃に合わせて到着するそうだから、港で合流する」
障子を開けて大部屋に入るなり、月島が椎久の方に向き直った。
「今日の夕方まで時間が有る」
「?」
少し迷うような様子を見せてから、月島は椎久を見上げてゆっくり言った。
「お前、あの子どもを探してきてくれないか」
「あの白い手の?」
ああ、と月島は考えるような調子で言った。
「引っ張り込もうとしたから、もう向こうからは来ないだろうと思うのだ」
月島は少し下を向く。そこには手が差し込まれていた小さな窓がある。
「アイヌ衣装の子どもが一人で小樽の街を歩いていたなら目立っただろう。誰か見ている者がいるかもしれない」
「手が出るのは我々が来る前からのようですし、その可能性はあるかもしれません」
「アイヌ語は俺には分からん。見つけ出したら、話を聞いてくれないか。何でロシア語の本なぞ渡したのか。誰かに言われたのなら、それは誰だったのか。誰かを知らなくてもいい。どんな外見のどんな人間だったのか」
いや、とそこで月島は言葉を切って、口元に見えるか見えないかぐらいの控え目な笑みをのぼらせ、黒々とした瞳でもう一度椎久を見た。
「一度ぐらい、落ち着いて温かい飯を食わせてやりたい」
急に、椎久はこの人に狂おしく従いたくなった。
「服装――いや、模様は覚えていますか」
「模様?」
「袖の」
「あー」
困ったように二度三度部屋の中を見回すような仕草をしてから、月島が縁側に顔を出して怒鳴った。
「すまんが、何か、書くものは無いか!」
しばらく反応が無かったが、窺っていると玄関の方から宿の主人の声がした。
「何でも良いんですか!」
「何でも良い。反故でも何でも!」
やれやれといった調子で主人が紙と鉛筆とを持ってきたのはしばらく後で、月島はそれを畳の上に置いて、何やら模様らしき物を描きだした。しばらく自信なさげに歪んだ曲線を描いていたのだが、眉根を寄せて描いた物に×を付けると、改めて横に模様を描き出し、それもなにやら妙な線になっていく。しばらくそれを繰り返していたが、月島は、とうとう、すん、とした顔で椎久を見上げた。
「俺に絵心はない。模様もどうだったか、だんだん分からなくなってきた」
「えーと......」
弱ってしまって、椎久は口籠もった。慣れない手つきで鉛筆を動かしているのを眺めていたので、申し訳ないような気分にもなっている。お互いに妙な顔で見つめ合っていた時、月島が小声で、すまん、と言ったので、なんだかそれで腹が決まった。
「分かりました。できる限りやってみます」
「頼む」
「軍曹殿はどうされるのですか?」
「俺はここで待ってみる。可能性は低いと思うが、探しに行っている間にまたここに来るかもしれない」
言いながら、月島は外套を脱いで衣紋掛けを取った。
「時間を決めよう。探すのは暗くなる前、十六時までだ。それで見つからなければ速やかに戻ってこい」
「はい」
「ああ、一寸待て」
もう一度玄関に向かおうとした椎久を月島が呼び止める。何だろうと振り向いたものの、月島がごそごそと上衣を弄り、頭をひねったので、椎久はおそるおそる申し出た。
「財布は雑嚢の中だと思います」
動きを止めて、月島は椎久を見上げてゆっくり瞬きを一度した。それから、黙って雑嚢を開けて、ん、と小銭を椎久に渡した。
「昼はこれで食え」
表情を浮かべない真面目な顔が、決まりが悪いのを誤魔化しているように思えてならない。ちょっと笑ってしまってから、椎久は急いで表情を引き締めて、はい、と受け取った。
とはいえ、手掛かりはほとんど何も無いに等しい。椎久は通りに出たものの、途方に暮れてしまった。
子どもが見つかるのなら、椎久も見つけたかった。あんな夜に一人で出歩くような暮らしだというのなら、本当は昨夜捕まえてやって、一晩だけでも温かい寝床で眠らせてやりたかった。
人混みに紛れて物をくすねなければならないのだとしたら、大通り沿いに誰か見た人があるかもしれない。天気が良くなってきて人の通りが多くなった道を、椎久はアイヌ装束の子どものことを訪ねて歩いた。だが、成果が無いまま手宮駅に辿り着くまでで、相当時間を食っていた。大きな操車場の近くで、人足たちに混じって鰊蕎麦を啜る。朝、遠目で見た海に突き出す謎の構造物を、今度は近くで眺めながら椎久は首を傾げた。
「兵隊さん、どうした?」
近くで同じように蕎麦を啜っていた男が声をかけてくる。
「あれは何かと思ったのです」
「ん、あれかい?桟橋だって」
「桟橋?だって、あんな高い船は無いでしょう。飛び降りるわけにもいかないですし」
「俺もよく知らないけどね、高架桟橋だかなんだか言って工事してて、できたばかりなのさ」
説明されてもそれが何なのかちっとも分からなかったが、この際と思って椎久は訊いてみた。
「最近、アイヌの子どもを見なかったでしょうか。アイヌ装束で、色内大通りを歩いている」
「アイヌ?」
男が自分を上から下までじっくり検分しているので、椎久は居心地悪い気分になった。どうせ、自分がアイヌだからなのだろう。何を言われるかと身構えていたが、男は特に椎久には言及せずに、見たことねえなあ、と言った。
「こっちよりも反対の方向じゃないか。公園の方」
「公園?」
「そう。この夏にな、皇太子殿下のご宿泊のために作った御殿、あれが有る所さ」
「ああ」
聞いたばかりの話である。
「御殿を作った所を公園にしたのですか」
「逆、逆。もともと公園だった所にご宿泊所を建てたんだ。皇太子殿下がお泊まりになった後、建てた金持ちが寄贈して、區の公会堂ってやつになったのさ。そこが、ちょっとした山というか丘になってて、そっちの方でたまにアイヌを見かけるとか見かけないとか」
「なるほど」
椎久は蕎麦の代金を机の上に置いて、立ち上がった。逆方向というなら、早く行かないと夕方になってしまう。椎久は宿の前までは急いで戻った。宿の玄関はぴったり閉まっていて動きが無い。
月島の方に子どもは現れなかったのだろうか。子どもが来ていれば月島自身か宿の者に頼んで椎久を呼び止めてくれそうなものだが。
――続けるか。
椎久は、午前中とは逆の方向に大通りを歩きながら、また念入りに子どものことを聞いて回った。公園の場所も聞いて、そちらの方向に足を向けてまた人に聞いて回っていると、
「アイヌ衣装の?ああ、それなら――」
「見かけたのですか?」
身を乗り出した椎久に、街角で立ち話をしていた近所の者とおぼしき女性が数人、頷いた。
「たまに来るさー」
「その子はどちらから来るのですか?」
「だんだん大きくなって、子どもって感じじゃ無くなってきたよね」
「娘さんって感じで」
「娘さん?」
どうも雲行きが怪しくて、椎久ははたと動きを止めた。
「子どもではないのですか」
「子どもというより、もう年頃だよ」
「ずいぶんな別嬪さんさ」
「たいてい、軍人上がりの男といっしょに居るね」
「その男もアイヌなのですか」
「違うと思うよ。着物の上に、あんたが今着ているみたいな外套着ててさ」
別の女性が、違うよー、紺色のだよーと口を出す。そうだった、そうだった、と女性は話を続ける。
「顔に大きな傷があるんだよ」
「アイヌの女性がですか」
「違う違う、男の方さ」
「物騒な輩かと思ったけど、案外、気の優しい男でね」
「あの傷、戦争で付いたんだってさ」
それにちょっと顔が良くてさ、この間なんか――と女性たちの話がどんどん逸れていくので、
「待ってください、男はどうでもいいのです。聞きたいのはアイヌの方なのです」
言いながら、椎久もこれは違うなとは思ったが。
「集落が近くにあるのですか」
「あるんでないかねえ。熊の皮なんか持って売りに来ることあったから」
「たいてい、山の方から来るよ。公園のある方向なのかな」
――コタンがある。
椎久は背を伸ばして、山の方を仰ぎ見た。暴風が過ぎ去った今、空は青く澄み渡っている。
――だめだ。今から山に探しに入っていたら、十六時には間に合わない。
月島だけならともかく、夕方にはもう二十五聯隊と合流で、その後は公務だ。遅れることは許されない。外套の下、上衣の物入れの上に触れる。木札の公用証の固い感触がそこにある。椎久は目を閉じ――断念した。
ありがとうございます、と礼を言って、とぼとぼと上ってきた坂を下りていく。兵隊さん、公園は上だよ、と後ろから声が掛かったが、椎久は口の中だけで、はい、と呟いた。
重い足取りで海の近くの大通りに戻り、人通りの多い道を歩いて宿へと戻る。大部屋に入ってみると、今日は別な客が反対側の隅に居た。そちらに会釈して、陣取っていた入り口近くの角を見ると、荷物も布団も奇麗に整頓されているが、月島がいない。
椎久は、焦って玄関に戻った。
「すいません」
奥に声をかけると、ごそごそと人が動く音がして、主人がのんびり顔を出した。
「おや、兵隊さん。どうかしたかい」
「月島軍曹を見かけませんでしたか」
「おや、まだ帰ってませんか」
「大部屋にはおられなくて」
「桶を借りたいっていうんで渡したら、それを持って出ていったから、銭湯だよ」
ずいぶんな長風呂だねえ、と主人が笑う。
――銭湯なら出て行ってからそこまで時間は経っていないはずだ......
落ち着こうと思って椎久が自分に言い聞かせていると、微妙な顔になっていたのだろう、主人が笑いかけた。
「上官だけ銭湯に行っちゃったって顔してるな」
「いえ、そういうわけでは」
「行くなら桶貸すけど。そうそう、服も乾いてるよ」
「いえ、あ、はい」
どちらに先に答えたら良いのか迷ってしどろもどろになっていた時、ガラリと後ろの引き戸が開いた。
「椎久か」
「軍曹殿」
外套を着込んだ月島は、顔がほっこり上気していて、心なしかこざっぱりしている。月島は椎久に何か言おうとしたが、ちらっと宿の主人に目をやって、
「桶、助かった。ありがとう」
と桶を差し出した。
「軍曹さん、部下にも銭湯入らせてやんなよ」
「そうだな。まあ、出立の準備をしてからだ」
「お、とうとうご出立かい」
「ああ。後で勘定を頼む」
「はいはい。計算しておくよ」
主人が引っ込むのと同時に、月島が促すので大部屋へと向かう。部屋に入り、他の客が十分離れた所に居るのを確認する。月島が外套を衣紋掛けに掛けるのを椎久は凝と観察した。
「軍曹殿」
「なんだ」
「汚れましたね」
「ん?」
椎久は外套の裾を指さした。前側の裾の一部が、炭が擦れたかのように黒ずんでいた。
「いつの間に......しまったな」
「せっかく銭湯に行ったのに」
「こんな汚れが付くような所は無かったと思うが、まあ、分からんな。人通りも多かったし」
「そうですね」
椎久は月島を見る。月島も椎久を見上げる。しばし、無言が二人の間を流れた。だが、それは束の間で、月島は何事もなかったように衣紋掛けを鴨居に架けると座布団を敷いて座り、もう一枚を椎久の方に差し出した。椎久は外套のまま黙って座った。
「その分だと、見つからなかったようだな」
「はい。近くにコタンがあるのは分かったのですが」
「そうか」
ふう、と軽く息を吐いて、月島は目を閉じ、顔をやや上に向けて首を振った。
「時間切れだな」
「はい」
「無駄骨を折らせた。悪かったな」
「いえ」
「どうする、お前も銭湯に行ってくるか。集合時刻まで十分時間が有る。積み込み後はそのまま旭川まで汽車に乗ることになる。いったん、さっぱりしてこい」
「そういたします」
椎久は黙りこくって準備をし、桶を借りて銭湯に行った。湯船に浸かる。兵営での入浴は時間が決まっていて芋洗いのような有様だから、手足を伸ばせるのは有り難かった。ふう、と息を吐いて、椎久は目を閉じた。銭湯に来たのは風呂に入りたかったというより、一人になりたかったのだ。
気づいていることは、ある。
――テクンペ。
窓の外から伸ばされていたから、確かに袖は見えなかった。ただ、手の甲は見た。あの手はテクンペをしていなかった。もちろん、ごく近くに住んでいたからとか、たまたましていなかっただけだとか、可能性はあるのだが......
パチャリ、と椎久はお湯を掬って顔を両手で擦った。
考えてみたら、コㇿポックㇽのことも袖口の文様のことも、言い出したのは月島軍曹だ。
考えに耽ってのぼせる寸前、椎久はやっと湯船を出た。こざっぱりとした体に軍服を纏い、外に出て冷えた外気を吸うと、頭がはっきりした気がした。わあ、と甲高い声がして、子どもが数人横を走って行く。椎久は微笑してそれを見送った。
「戻りました」
「おう」
大部屋に戻ると、月島は既に荷物を作り終えて例の手が持ってきた洋書を読んでいた。椎久も着替えを背嚢に詰め直して、荷物を整える。ほどなく、二人は宿を出立した。客の入りが無い時に泊まったからか、主人は丁重に見送ってくれた。
港に行くのかと思っていたのに、月島が色内通りを西に歩き出したので、椎久は慌てて追随した。
「どちらへ行かれるのですか」
「手宮だ。そちらの方が港と駅が近い。軍用貨物の専用列車がそのまま入る。第二十五聯隊はそれに乗ってくる」
「なるほど」
手宮に着くと、停車場の外に整列しようとしている軍服の一団を見つけたので、急ぎ足で近づくと、将校が一人こちらを見て目を細めた。
「時間通りだな、月島軍曹」
「お久しぶりです、佐藤中尉殿」
こうなれば後はその将校の麾下に入って指示に従うだけである。船は既に到着していた。船から降ろされた木箱を列車に積み込む。二十五聯隊の中尉と月島軍曹は顔見知りのようで、二人で荷物の数を確認していた。下士以下は異動も無いのに、古参なだけあって、異動やら出張やらでやってくる将校を案外知っているらしい。
椎久は、何も考えずにただ黙々と手を動かした。汽車が動き出すと、警備はほぼ第二十五聯隊で、椎久は来た時と同じように月島の隣に座った。
白石駅で積み荷をだいぶ下ろし、それについて二十五聯隊の人員もほとんどが降りていく。椎久が不思議そうな顔をしたのに気づいたのだろう、中尉を見送ってから座席に戻ってきた月島が説明した。
「第二十五聯隊の兵営はこの駅の方が近いのだ」
「そうなのですか」
飯が配られ、交代で貨物車を見張り、岩見澤に着いたのは八時を過ぎた頃だった。夜の暗いホームに第二十七聯隊の一団が整列しているのを見て、椎久は酷く安心した。第二十五聯隊とはここで完全に交代らしい。軍曹同士で敬礼を交わし、列車が動き出す。
交代要員は椎久の内務班と月島の内務班が半々程度だった。椎久の内務班からは伍長以下が来ていたので、この場の責任者は月島だということなのだろう。頭数を数えて、月島は素早く交代表を作って、全員に通達した。
月島は自分の班員の方に混じっている。凝と見ていると、椎久の内務班の伍長が椎久に近づいてきて小声で訊いた。
「班長殿が気にしていたぞ。大丈夫だったか」
「はい。暴風が来て船の予定が遅れてしまいましたが、それ以外は問題ありませんでした」
「そうか......」
声に含みを感じて伍長を見ると、伍長は難しい顔をしている。
「伍長殿。月島軍曹のこと、何かご存知でしょうか」
だが、伍長は伍長で分からんと首を振った。
「上に目を付けられているようだというのは感じるんだが......。お前は今回それに巻き込まれたのだろう。班長殿は『藪をつつくな』と言っておられた」
「そうですか......」
自分の内務班員に囲まれている月島は、行きと同じく無愛想な顔で座っている。だが、時々、兵に話しかけられ、邪険にすることも無く何事か受け答えしている。
慕われているのだ、と思った。
旭川に着くまで椎久はその光景を黙って眺めていた。
軍の特別編成列車は、燃料・水の積み込みと乗員の交替のためにしか停まらない。普通列車だった行きと比べて、急行以上の早さで旭川までを駆け抜ける。近文で本線から分かれて引き込み線に入ると、練兵場まではすぐだった。夕方に小樽を出たというのに、夜にはもう着いている。
暗い中での荷下ろし作業は効率が悪いため、それは明日やることになった。練兵場からひとかたまりになって兵舎へと戻る。
小樽中を歩き回って、その後はずっと汽車だ。すぐにも就寝して明日に備えたかったが、大部屋に戻って荷物を棚に片付けた時、今度は班長殿が呼びに来た。促されるままに廊下に出ると、班長は苦虫を噛み潰したような顔をして、
「大隊長室に行け」
と囁いた。椎久はじっとりと手に汗を掻きながら、はい、とだけ返事する。ノックをする前に一瞬躊躇ったが、観念して扉を叩く。
「椎久一等卒であります」
「入れ」
「失礼いたします」
教科書のような礼をして椎久は中に入った。大隊長は前と同じように、執務机を前に着席している。
「どうだった」
「嵐で予定は狂いましたが、物資の受領は完了しました」
「そうではない」
じろり、と大隊長が睨み付ける。椎久はぐっと手を握った。
「国鉄で小樽まで、ずっと一緒に居りました。月島軍曹は途中下車することも無く、まっすぐ小樽に行きました」
「小樽では」
椎久は目線を水平に保ち、大隊長の頭の上あたりから視線を動かさずに続けた。
「......ずっと一緒に居ました。宿は大部屋でしたが、嵐のためか他に客は無く、軍曹殿と二人、屋内に閉じ込められたような状態でした」
「四六時中見張っていただろうな」
「用便などで短い間離れたことはありましたが、軍曹殿はどこにも出かけられませんでした。出かけようとする様子もありませんでした。その後、第二十五聯隊からの連絡通りに手宮で合流し、本日只今戻って参りました」
「本当だな」
「はい」
目を大隊長の頭の上にぴったり合わせたまま、椎久は報告口調で言った。
「暴風が来ていたのであります。あるいは、軍曹殿も機を逃したのやもしれません」
そこでやっと椎久は大隊長を見た。
「意見は聞いていない」
大隊長は明らかに不機嫌そうだった。
「申し訳ありません」
「いい、分かった。下がれ」
「はい」
速やかに椎久は退出し、大部屋に戻って自分のベッドに潜り込んだ。
翌日、例の「月島ァ」が聞こえてきて、椎久は笑ってしまった。
見ると、鯉登少尉が厳しい顔をして廊下で月島軍曹を呼び止めている。月島は眉すら動かさず、すん、とした顔を少尉に向けた。二人は何やら話をしていて、月島が仏頂面で何度か首を振っているのが見えたが、椎久には会話は聞こえない。
戻ってきたな、と思った。
早く状況を聞きたいというのに、月島が鯉登に応じて官舎にやってきたのはゆっくり外出の時間がとれる日曜日になってからだった。
「大丈夫だったか、あの椎久という一等卒」
腰を落ち着けるなり鯉登が訊くと、月島はもらった座布団に正座して慌てずゆっくり頷いた。
「道中、会話をしながら様子をみました。始終、こちらを窺ったり考え込んだりしている様子ではありましたが、私の荷物を探るでもなく、襲いかかるでもありませんでした。ごく普通の、良心的な人間でしょう」
月島は、ふう、と息をつき少々背筋の力を抜いた。
「椎久の所属する内務班の班長にも行く前にどういう性格かは聞き取りました。その感触でも、人のあらを無理に穿る人間には思えませんでした。それに、椎久が大隊長に呼び出されたのは、小樽派遣前の一度だけです。大隊長と気脈を通じているとは考えづらい」
「そうは言うが、入隊から今までを見張っていたわけではあるまい」
月島は言い含めるように鯉登に言った。
「いいですか、兵卒が他の兵卒や内務班長の目を盗んで部屋を離れることは難しい。ましてや大隊長の部屋なり居所なりに行けば、目立って仕方がない。私だって、こうやってここに来ることは隠せもしないから隠しもしないのです。前から大隊長と繋がっていた可能性はかなり低い。それはお話ししたでしょう」
別に探りも入れずに出たわけではないのです、と月島はじっとりと鯉登を見た。しかしな、と鯉登が胡座のまま腕組みする。
「大隊長がわざわざお前と違う班の兵を指名したのだ、気にもなる。だいたい、下士一名と兵卒一名だけ派遣するというのが異例ではないか」
「だとしても、何をやらせるにも人選が悪い。例えば、私が何か良からぬことをやると考えていたとして、止めるなら、同位の者かそれ以上の者を選ぶべきです」
「殺すつもりなら」
低く潜めた鯉登の声に、月島はぴしゃりと即答した。
「複数つけます。それが鉄則です。軍曹一人に兵卒数人。おかしくはないですし、大隊長の立場ならそれぐらいは動かせる」
「まあ、そう、なんだが」
鯉登の声は普通になったが歯切れが悪い。心配していたのは分かるので、月島も声を少しだけ和らげる。
「そして、探りのつもりなら同行者はやりにくい」
「それだ。小樽で他の者に尾行けられていたとか、そういうことも考えられる」
「尾行けられるも何も、暴風が来ていましたから足止めを食って宿に籠もりっきりです」
そもそも何をしようというのですか、と月島は呆れたように首を振った。鯉登が不満げに組んだ腕を揺する。
「椎久一等卒の方は宿に居る間何をしていた」
「所在なさそうでしたよ。私の方が上官ですから、寛ぐこともできない。そういう意味では無意味な命令に巻き込まれて気の毒だった」
だいたいですね、と月島は正座を崩してあぐらを掻いた。
「大隊長というのは兵卒には遠いんです。営内で毎日顔を合わせるのは軍曹以下です。急に呼び出して自分のために何かをさせようとしても、兵卒にとっては益が無い。あげくに、大隊長はあの性格だ、下の者が進んで働きたくなるような人物ではない」
「言うなあ、お前」
鯉登はにやりと笑って、急須に茶葉をざっと入れ、火鉢からしゅんしゅんと湯気のたつ鉄瓶を取り上げてぞんざいにお湯を注いだ。月島が、す、とその急須を取り上げ湯飲み二つに分け入れて、鯉登の前に一つ、自分の前に一つ置く。
「それで、大隊長の方はどう思う」
茶をひとくち口に含むなり、渋さに鯉登は口を歪めた。道理で、月島がすぐに注いだはずだ。だが、茶葉を適当に放り込んだのは自分なので文句は言えない。
「大隊長の思惑は奈辺にあるか、ですか」
月島の方は鯉登を観察して、慎重に湯飲みに口を付けた。渋かったはずだが、表情に全く変化がない。
「うむ。今になって何を探ろうというのか。何がきっかけだったのか」
こっくり一つ月島が頷いた。
「小樽に行った時に思いついたのですが」
「何をだ?」
「夏に皇太子殿下の行啓があったでしょう」
「ああ」
「あの時、随行で東京から武官が来ていました」
鯉登が口元に手を当て思案顔になる。
「そうだな......。どういう経歴の人物か気にもしていなかったが、金塊の件か権利書の件に拘わっていたなら、何か言われたのかもしれんな」
「将官同士の繋がりで少尉殿の方にこそ探っていただきたい所ですが」
「分かった、探ろう」
「もっとも、もう金塊の件から二年は経っている。本当に今更です。大隊長の方も探りを入れるという体裁だけ取ってお茶を濁したかったという可能性もあります」
「だから、一等卒にした、か。だったら、大隊長殿もそう捨てたものではないか......」
渋いのを忘れて再び不用意に口を付けてしまって、鯉登は口を曲げてから湯飲みにお湯を足した。
「大隊長の従卒の兵は引き込んであります。動きがあればお知らせします」
言われて、鯉登は動きを止め、それから、笑い出した。
「油断も隙も無いな」
「お褒めにあずかり恐縮です」
月島がすまして言った。にんまりと笑みを浮かべたまま鯉登が問う。
「それじゃ、お前、小樽では暇を持て余す羽目になっただけか」
「いえ、それが」
「?」
月島は上衣の下から本を一冊取り出した。
「露語の本?」
「実は――」
手早く月島は、宿に現れた子どものことと、この本が差し込まれたことを説明した。
鯉登は姿勢を正し、本を手にした。一枚一枚ページをめくる。書き込みがあるでもない。印があるでもない。ロシア語は読めないが、至って普通の印刷された本に見える。
鯉登は黙って本を机の上に置き、静かに月島を見た。
「内容はなんだ」
「小説本です。短編集です。自分も最初の一編を読んだだけですが」
鯉登がゆっくり訊いた。
「心当たりは無いのだな」
月島もゆっくりはっきり答える。
「ありません」
本を手に取り、表紙を少し撫でてから、月島はそれを机の上に置いて鯉登の方に押しやった。
「お読みになるなら差し上げます。自分の物とも言いがたいですから」
「お前ではないのだ、露語など読めん」
そう鯉登が言ったにも拘わらず、もう本になど関心を失ったのか、月島も本に手を出さない。
結局、月島はそれを鯉登の元に置いていった。
「まあ、赤くはなかったんですが」
部屋を辞する前にごくごく小さな声で呟いたのを、鯉登は聞き逃さなかった。
「?」
声を掛ける前に月島は外へ出て行った。小柄な部下が寒空の下兵舎へと帰ってしまうと、鯉登は胡坐を掻いて座り込み、腕組みをして置いていかれた本を眺めた。そうやってしばらく考えてから、鯉登はその本を丁寧に棚にしまった。
鯉登がその本の内容を知ったのは、数年後だった。大学校に通うために上京した折に、たまたまロシア語を選択した学友が本棚にあったこの本を手に取ったのだ。
「お前は小説なんぞ読むような質では無いと思ったのだがな、鯉登」
と、手に取った本をパラパラと捲り、
「しかも露語原文とくる」
「もらった物だ。私には読めん」
貰い物ゆえ捨てるに捨てられなかったが、と、さも何でもなさそうな素振りをしてみせてから、鯉登は訊いた。
「読めるのか」
「まあ、読もうと思えば」
「読むなら貸すが」
興味を持つかは賭けだなと思ったが、人の本棚でわざわざそう言ってきただけあったのと、ごく短編であったのとで、読む気になったらしい。貸したことも忘れた頃に、学友は酒と本とを持って鯉登の下宿に現れた。
「まあ、端的に言うと、癲狂院に入れられた狂人が罌粟を畑から根こそぎ引き抜く話だった」
「芥子を?引き抜く?」
芥子、のその一言で、打たれたように鮮やかに思い出す人があった。
「そう、その花を悪の凝り固まった物、神の反逆者だという妄想を抱いて」
「反逆......」
立ち上るように脳裏に浮かんだのは、あの、五稜郭に突入する前のあの、敬愛する上官が兵を鼓舞する演説だった。
そうだ、芥子畑があったはずなのだ、どこかに。
赤くなかったんですが、という呟くでもなく零された声が鯉登の脳裏に浮かんだ。
〈了〉
ナチュラルに書いてしまったけど,この月島は(1)鶴見中尉の生存を知っている か (2)鶴見中尉の生存を信じている か(3)鶴見だったら後始末指示の時限発動ぐらい仕込んでいると思っている かのどれかです.この話と繋がっているのかも.当初は題名にある通り『赤い花』という小説を渡されるところが肝で,長い話にするつもりではなかったんだけど,当時の汽車のことを調べたら楽しくなってきてしまって,「モブ兵から見た月島軍曹」みたいな話になってしまいました.
軍曹の口調って難しくて,「なんなのだ」とか「めんどうくさい」とか,きっちり発音するんだよね.そういえば,「なんで聞かないんだ」は撥音便になってたか.となると,「公人としてはきっちり」で「私人として(素)は崩す」んですかね.有坂閣下との発遭遇の時の「もし...どちら様?」が好きなので,初めて会う一般市民には丁寧口調にしました.
夕張で1回財布を忘れる描写をされたばかりに,財布を忘れる人にされちゃって可哀相(他人事).夕張のアレは話の展開上そうなっちゃっただけであって,いつもはそんなに抜けてないと思う.話の中で軍曹が奢ってますが,なんか当時二等卒と軍曹とで給料が8倍ぐらい違っていたので,そういうことにしました.もっとも,下士兵卒だけで出張なんてなかったろうなぁ.
一等卒が「居眠りしても怒られなかったんじゃ」と思ってる場面がありますが,居眠りしてたら怒られます.市民の規範にならなきゃいけなかったようなので.決まりはきっちり守らせそうな印象を持っています.
佐渡から見える霊山は,春に宿根木に行った時に案内所のおいちゃんが「冬になったら立山が見えるよ〜」と言っていたのです.地獄だけ書きましたが,極楽もあることになっている山です.
書いている時期にたまたま仙台市歴史民俗資料館に行ったおかげで,ちょぼちょぼ展示物の影響を受けています.小樽駅前の人力車は,仙台駅前にわーっと人力車が行き交っている写真を見たせいです.当時の小樽ならたくさん人居そうだし,同じっくらい賑わってそう.めしいじこ(つぐら)もここの展示で見ました.お櫃もたらいかと思うぐらい大きかった.
当時,小樽で改札鋏のゴミが散らばっていたか分からないけど,スタンプになる前の吉祥寺は散らばってたので,ちょっと書きました.乗降客がどれぐらいいたかにもよると思うんですがね.たぶん,自分は窓の開く特急で駅弁買ったことのある最後ぐらいの世代だと思う.あとね,駅で止まっている時にトイレ使っちゃだめだったのよ.......(「開放式トイレ」で検索してください)
あと,これを書いている時にやっと思い当たったのですが,学生時代,大学の中庭にあった蕗がやたら大きくて「化学科が怪しげな薬品を垂れ流しているせいじゃないか」というまことしやかな噂があったのですが,あれ,北海道だったから普通に大きかっただけかもしれない.